第2話 はじめての依頼

千絵美が目を覚ますと、そこは石造りの部屋だった。

壁には見たこともない紋様が描かれ、天井からは不思議な光を放つ鉱石がぶら下がっている。ベッドはふかふかで、身につけているのは、図書館にいた時の制服から着替えさせられたらしい、薄い藍色のワンピース。


「……夢、じゃないのね」


昨夜の出来事を思い出し、小さくため息をつく。

扉が開くと、ユージンが静かに入ってきた。彼の表情は相変わらず読み取れない。


「依頼だ。支度をしてくれ」


そう言って、彼は分厚い羊皮紙を千絵美に手渡した。そこには、彼女の知る文字とは全く違う、優雅な曲線を描く文字で何かが書かれている。


「読めないわ」

「ああ、すまない。魔法で書き換えておく」


ユージンが指先から青い光を放つと、羊皮紙の文字が日本語へと変わっていく。

千絵美は、目の前で起こった現象に驚きながらも、探偵としての好奇心が勝った。


「これは……『風の都』で起きた、連続宝飾品窃盗事件の報告書?」

「そうだ。この国では、特定の魔法でしか解けないと言われている謎の事件だ」

「特定の魔法……でも、わたしは魔法なんて使えない。だから探偵なの」


千絵美は、ユージンから事件の概要を聞きながら、頭の中で情報を整理していく。この世界では魔法が常識であり、科学的な知識や論理的思考は全く通用しないと考えられているようだ。


「君に期待しているのは、その『探偵』としての能力だ。私は君の行動を魔法でサポートする。…さあ、行くぞ」


ユージンは迷うことなく部屋を出ていく。

千絵美は、ユージンの後ろ姿を見つめ、決意を固めた。


「元の世界に帰るために、まずはこの事件、解決してみせる!」


──────


二人がたどり着いたのは、高くそびえる塔が特徴的な王都だった。

石畳の道を行き交う人々は、みな中世ヨーロッパのような華やかな衣装を身につけ、活気に満ちている。しかし、千絵美の目は、その華やかさの裏に潜む違和感を捉えていた。


「風の都の事件現場はここだ」


ユージンに案内されてやってきたのは、街一番の宝飾店だった。ショーケースのガラスは砕かれ、高価な装飾品がごっそりとなくなっている。

店主はうなだれながら語った。


「犯人は誰にも見られず、まるで風のように消えたのです。魔法使いが結界を張っていたにもかかわらず……」


千絵美は、被害状況を細かく観察していく。

飛散したガラス片、犯人が残したらしき足跡、そして……店の隅に落ちていた、黒い粉のようなもの。

ユージンは千絵美の行動を静かに見つめている。彼は、彼女の行動の意図を全く理解していないようだった。


「ユージン。この粉、鑑定できる?」


千絵美が指先で掬った粉をユージンに見せると、彼は不思議そうな顔をする。


「それは、ただの埃だ」

「いいえ。これは『ただの埃』じゃない。……この世界にはない、別のものよ」


千絵美は確信を持って言った。

その言葉を聞いたユージンの表情に、一瞬だけ驚きが浮かんだのを、彼女は見逃さなかった。

探偵JK、異世界での初捜査。

それは、魔法と科学、そして二人の間に横たわる、見えない壁を越えるための、小さな一歩だった。

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