アーネストと光の都市
荷葉とおる
第1話 鉄屑のまちのアーネスト
ラストタウンの街から少し離れたスクラップ置き場が、アーネストの職場だった。
毎日、処理しきれないほどの鉄くずが運び込まれ、そこからそのまま使える部品と、溶かして使える部品と、まったくのゴミに分けるのが彼らの仕事だ。
「よくもまあ、毎日こんなにも廃棄するよな」
アーネストはつぶやく。
このごみはすべて、【シティ】から来たものだ。
スクラップ置き場の目の前の、そそり立つ白く堅牢な壁。
その内側に、【シティ】が栄えているらしい。
どんなところなのか、アーネストは知らない。
一緒にスクラップを拾っているオヤジや、食堂のおばちゃんも知らないと言っていた。
ただ、自分たちを拒絶するかのように高潔な壁は、どうも好きになれなかった。
きっと【シティ】は、美しくて清廉で、息苦しい世界なのだ。
行ってみたくないといえば嘘になる。
ラストタウンでの暮らしはおもしろいが、決して楽なものではない。
【シティ】にはおいしい飯がたくさんあると聞いた。
ラストタウンの食堂だっておいしいが、様々な種類の飯がたくさんあるというなら、それは是非食べてみたいというものだ。
もちろん、【シティ】への入場はできないし、侵入なんてもってのほかだ。
【シティ】の住民には、ひとりひとりにシティズン・ナンバーが割り振られており、ラストタウンとの境にあるゲートでナンバーを確認されることになっているらしい。
以前、【シティ】への侵入をもくろんだ幼馴染は、懸命にあの白い壁を乗り越えた。
そして、ひとつの銃声が聞こえて以来、何も音沙汰はない。
壁の下で見守っていたアーネストは、必死になって走った。
銃声は気のせいだったし、銃声がしたからといって、あいつが撃たれたとも限らないんだ。
そう言い聞かせて、自分の部屋の薄っぺらい毛布の中でうずくまり、一晩中、呼吸をすることで精いっぱいだった。
ラストタウンのオヤジたちも、大概おなじような経験をしている。
【シティ】に行こうとして、命からがら戻ってきた者、侵入しようとした友人や兄弟が二度と帰ってこなかった者……。
だから大人たちは、こどもたちに【シティ】について聞かれたとき、「恐ろしい怪物のような機械がいて、ラストタウンの人間は排除されてしまう」だとか「白い壁の中は実は人を食うやつらの住処で、悪いことをするとさらわれる」などと作り話をして、こどもたちが白い壁に近づかないように教える。
実際、アーネストも、そういわれて育った。
だが、それでも興味を持ってしまう者も、度胸試しに壁を越えようとする者も後を絶たない。
アーネストだって、【シティ】へのあこがれはある。
でも、もうあこがれるからどうする、と騒ぐ歳でもない。
あと2カ月もすれば16歳になり、大人として認められることになるのだ。
「おーい、アーニー!休憩にするぞー!」
作業場のリーダーがアーネストを呼ぶ。
はーい、と返事をしてガラクタの山を後にし、近くで作業をしているやつにも声をかける。
そのまま使えると判断されたスクラップの山のところでも、まだ誰かが作業をしている音がした。少し離れたところにいて、リーダーの声が全く聞こえなかったようだ。
自分以外は休憩に向かったようだし、と思い、そいつにも声をかけに向かうのだが、近づいても誰だかがわからない。アーネストは同じ作業場にいる人の顔と名前はすべて把握しているつもりだった。
だが、そこにいた人物は作業服を着ていなかった。
肌も日に焼けておらず、背中まである長い髪を結わえもせずにスクラップの山に立っていた。
近づけば近づくほど異質だ。
最初女かと思われたその人物は、アーネストよりも身長が高く、しかし線が細かった。
歳はアーネストと同じくらいの少年に見えるが、まるで人間ではないかのような雰囲気だった。
絶対に、この作業場の者ではない。
アーネストにはそれしかわからなかった。
「あんた、休憩の時間だけど。」
少し緊張しながらこえをかけると、その少年は微笑んだ。
「こちらの所属ではないんです。」
「じゃあどこの人?」
「僕、あちらから来たんです。」
少年は、白い壁の方を指さす。
「まさか、あんた壁の中の人なの?」
「中、というか。ウォールを越えてきたことだけは確かですけども。」
心臓が、速く脈打つ。
初めて見る、壁の中の人。
みんなこんなにひょろりとしているんだろうか。
よくアイロンがけされたであろうシャツを着ているのに、こんなところにいるから、ところどころにオイルの汚れがある。
目が合うと、このラストタウンでは見かけない、うすいグリーンの瞳が、光に透けてキラキラと輝いている。
少年の「あの」という声に、アーネストは我に返って尋ねた。
「何しに来たの?」
「ちょっと、必要な部品を取りに来ただけなんですけど...どうやって帰りましょうかね。」
はああ?と大きな声を出す。
帰る手段まで考えて、こっちに来たんじゃないのか。
「【シティ】の人間なら、みんなゲートから帰るだろ。」
「そうなんですね、ちなみに案内してもらえます?」
見た目に反して図々しいようだ。
首をかしげてこちらを見て微笑んでいる。
まるで、自分の頼み事を断られることがないと思っているような態度だ。
アーネストは正直腹立たしいと思いながら、ここで放置するわけにはいかないので、しぶしぶ彼を連れて、休憩所に向かった。
休憩所につくと、みんなはお茶を飲んでいた。
一目、壁の中からきた少年をみて、オヤジたちがアーネストをからかい始める。
「アーニー、ずいぶんきれいな恋人ができたな!」
オヤジたちはゲラゲラと笑い、アーネストはオヤジたちのこういうところが嫌いだ、とぽそりとつぶやいた。
「ゴミ山のところにいたんだよ。白い壁の中の人なんだ。」
「リオと申します。」
「帰り方がわからんってさ。」
リオと名乗ったその少年は、汗臭い休憩所内でも、両手で茶を持ち、足をそろえてきれいにそろえて椅子に座った。
背筋もよく伸びている。
それだけで、とても異質な存在だということがわかる。
「アーニー、案内してやれ。」
リーダーが言う。
「え、俺まだこの後の作業たくさんあるんすけど……。」
「お前が行け。大人が行くと、何か画策していると思われたりするからな。」
初めてゲートのところまで行くことができてうれしい反面、こども扱いされたようでがっかりもした。
「わかりました。」
アーネストはリオに行くぞ、と声をかけて、休憩所を後にした。
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