嫁溺愛大将と幼馴染み達

※幼馴染み視点の余談。

大将と嫁はほぼ出てきません。








「イザーム、こっち」

「おー」


噴水や花壇、東屋やら鋪装された道やらがあるだだっ広い王宮の庭。

大量の酒瓶が入った箱を両腕に抱えて進んでいたイザームは、届いた声に顔を向けた。


土の上に座り込んだカーミルの向こうではごうごうと炎が燃え上がっている。その先端は腰程まであり、なかなか良い火加減だ。

イザーム達には馴染み深いただの焚き火だが、調理施設が整ったこの国の人間はそう身近なものでも無いんだろう。


警備の兵達は慌ただしく近くまで駆け付けて、かと思えば、こちらの姿を確認するなり深い溜息を吐きながら離れて行く。そして水が入ったバケツを手に後から追いかけて来た仲間達へ「クルシュ御一行だ」と片手を振って叫んだ。

長い黒髪を丁寧に編み込んだカーミルがアイツらずっとアレやってるんだぜとゲラゲラ笑う。


そんな周囲を気にも止めずに、ぶつ切りにして串に刺した大猪の肉を黙々と火に焚べているのはディルガムだ。

五人の中では一番年下、一番大柄で、基本的に大雑把であるのに肉の焼き加減に関してだけはやたらと拘りがある。他に気にするのは戦の時の配置くらいだ。絶対にアースィムの左側に立つ。

単にディルガムが左利きなだけで拘りと呼ぶには弱いけれど、テンションが上がり過ぎて前に出がちな最年少をアースィムが声を掛けて引き戻すのが常だった。


ただの焚き火だと分かってからも、離れた所から何度もチラチラと見てくる兵達は気にしない。

庭に面した廊下、集まって来た偉そうなオッサン達があんぐりと口を開けているのも気にしない。両方とも何かあれば言ってくるだろうと思っている。


週に一度の休みだ。

つまりは幼馴染み達との酒盛りだ。

いつもはここから一時間くらい走って王都を出た先、東側にある山の近くの川でやっている。今日は何となく王宮の中庭にした。


正確に言うと休みは明日だが、二時間前にアースィムが王太子と部屋に入って行ったからもう休みで良い。多少何かあったところでアースィムがいる。問題は無い。

それに一度部屋に籠ったら明後日の朝まで出て来ないし、二人の寝室付近に不用意に近付くと本気の殺気が飛んでくるのだ。


いつだか食事や水の乗ったカートを部屋前まで運ぼうとしていた侍女が、階段を上がってすぐの廊下で腰を抜かしていた事もある。

女だぞと叱りつけながらカートを部屋の中にまで運んだら、首の皮一枚を切り裂いたナイフが扉を突き抜けて廊下の壁に刺さった。全然見えなかった。上がりそうになるテンションより、まあ何も真っ最中に言わなくても良かったかという反省が勝ってすぐに閉めたが。


天蓋から垂れ下がる布のおかげで何も見てない。

いや、膝立ちになったアースィムやシーツに縫い付けられているんだろう王太子のシルエットは見えたし、ナイフが通り裂けた部分からイザームを冷ややかに射抜いた目には少しばかりゾクゾクしたけども。


何とも思っていない、それも男の喘ぎ声なんて聞きたくはない。

そんなに聞かせたくないなら少しは手加減してやればいい。大体なんでベッドにナイフなんか持ち込んでるんだと考えかけて、止めた。

相手が相手だ。

暗殺とかの可能性があるんだろうと適当に納得しておく。


あのアースィムにおかしな性癖があるとは思えないし思いたくもない。それに王太子が不自然な怪我をしている所は、今のところ見ていない。

嫌な想像をしてしまうかもしれないからそのまま一生怪我をせずにいろと半ば本気で思っている。


「サジェドは?」

「女達がくれるツマミ取りに行った」

「おお、いつものか」

「そ。わざわざ持って来てくれるって言うんだぜ。一緒に飲むんでもねえ女にそんな事させらんねーっしょ」

「そりゃそうだ。で?それ買ったのか?シャレてんな」

「おう。露店で売ってた!」


どすんと下ろした箱の中から、瓶を三本手に取ったカーミルの隣に腰を下ろす。

カーミルはただ幼馴染みと呑むだけでも服装に手を抜かない。見慣れない腕輪を褒めると得意げに笑い、どちらかと言えば中性的な顔立ちの男だからそれだけで場が華やぐ気がした。


「イイ匂いだな」

「今日は捌くのも早かったからな。美味いぞ!」

「腹減ってきたー」


肉が焼ける香ばしい匂いが辺りを漂っている。

空を見上げれば丸い月の周りに無数の星が散っていて、気持ちの良い夜だ。


この国は隣国や度々侵略して来ていた国とは違う。

クルシュを小さな国だと下に見たりせずに文化や伝統を重じてくれる。

堅苦しい紳士服とやらはどうにも動き難い為にアースィム以外は民族衣装を着ているが、それについてとやかく言われた事もない。


それなりに尊重してくれるのは王太子が溺愛して止まないアースィムがいるからだと理解している。イザーム達はそのアースィムの側近や侍従や護衛と言った肩書きで滞在しているのだからそれで十分。それ以上を望む事もない。


おまけに兵士達を扱くだけで小遣いを貰え、王太子を嫁にしたアースィムと違って街へ出るのに面倒な手続きは必要ない。まあまあ上手くやれている。この国の人間が嫌いな訳でもない。


だが時折、クルシュにいた頃が無性に恋しくなった。


結婚出来ないモテないと肩を落とすアースィムは不憫だったけれど、アースィム目当ての女達はイザーム達など歯牙にも掛けないからみんな似たようなものだ。

このまま全員結婚出来なくてもアースィムが隣国に婿入りしても、歳取ってジジイになってくたばるまで五人揃ってバカやったり酒を飲んだり出来ればいいと考えていた。


何よりも、「護る者アースィム」の名を冠した男に一つきりの命を預け、防御の一切を捨てて戦うのは言い知れぬ昂揚をイザームに与えるのだ。

そしてそれはきっと、三人の幼馴染みも同じで。


平和になったこの国ではクルシュにいた時のように戦場に身を投じる日常はやって来ないだろう。それが少し寂しいと言ったら、戦いが苦手なアースィムは拗ねるかもしれない。


その時はたまには酒に付き合えと言ってやろうか。

王太子と夜を過ごしたいと言うなら朝から飲めばいいだけだ。

アースィムは率先して騒ぐタイプじゃないが、騒いでいるイザーム達を見るのが好きなのは知っている。あとザルを通り越してだ。どれだけ呑ませてみても酒に酔った姿なんて一度も見た事が無い。


「おーい!すげーぞ!」


そんな事をつらつら考えている内に、両手に山程の果物や菓子の袋を抱えたサジェドが戻って来た。

アースィムと同い年のサジェドは愛想がいい。

女達を相手にするなら適任で、要領もいいから国じゃ一番遊んでいた。この国に来てから大人しいのは遊べるような女がいないからだろう。娼婦も折れそうで触れなかったと嘆いていた。


「大漁大漁!」

「今回も見たことねーもんいっぱいあんな」

「肉焼けたぞー」


布を敷いただけの地面に転がされていくソレらを興味津々で覗き込むカーミルと、皿代わりの大きい葉の上に串をポイポイ放っていくディルガム。


「甘いのとしょっぱいの両方あるってよ!」

「女から貰いっぱなしはダメだよな?」

「肉獲ってくりゃいいか?」

「猪食うんか?オッサンも最初ビビってたじゃん」

「あの細腕じゃ捌けねーだろ」


黙っていたイザームが口を挟むと、三人が一斉にこちらを見た。言われて初めて気が付いたと言う顔をしている。


サジェドがオッサン呼ばわりしたのは戦場で出会った総指揮官の王弟だ。肉が食いたくなったと言った一時間後、近くの山で猪を狩って来たディルガムに目を丸くしていた。

そんな事を思い出した流れでか、キャンキャン喧しい息子の方まで浮かんできて軽く頭を振った。酒瓶の栓を歯で引っこ抜く。


「捌いてやりゃ良くね?」

「血とか内臓見たらぶっ倒れるんじゃねーか?」

「それじゃただの嫌がらせじゃん!」


カーミル以外は酒の一滴も入って無いのにゲラゲラと笑いだすものだから、イザームも釣られて笑った。


「よっしゃ、そんじゃ飲むかー」

「おまえもう飲んでんじゃねーか」

「酒が来たら飲むだろ」


カーミルとサジェドのやり取りを眺め、酒瓶を手にしたディルガムから串を受け取る。


「俺らの大将に」

「「「大将に!!」」」


イザームが瓶を持ち上げれば三人は勢いよく続いた。

乾杯を言うより先に酒を煽り始めるのはいつもの事なので、随分と昔から端折っている。やたらと上等な味を舌で楽しみながら、思い思いのツマミに手を伸ばす幼馴染み達を見た。


「大将と言えばさ、こないだまた兵士に告られててさ」


この一年、肴にするのは決まってアースィムの話だ。

今日の口火を切ったのはサジェドだった。


「文官にも手紙貰ってたぞ。男にまでモテ過ぎじゃね?どーなってんの?」

「どうせまた荷物運んでやったんだろ。それか絡まれてたの助けたとかじゃね。大将だし」

「この国一夫多妻だっけ?」

「男の嫁でも妻っつーの?」

「知らね」

「まあそんでさ、どうすんのかなーと思ってたら男はちょっとっつって逃げてたわ!」

「嫁男じゃねーか」

「それな!!」


思わず突っ込んだイザームの言葉に賑やかな笑い声が上がる。まだ呑み始めたばかりだが、早々に空になった瓶を転がして二本目を手に取った。


「まあ、そこで王太子に惚れてっからって言えねーのが大将らしいっちゃらしいだろ」

「あの自信のなさは直んねーだろうな」

「ベタ惚れなんは見てりゃ分かるけどよ」

「その大将に当たって砕けるだけ男らしーんかな?」

「わかんねーけどさあ、さっさとフられてケリ付けたいんじゃね?どう頑張っても付け入る隙ねえもん」

「結婚してから毎晩だもんな!そっちもツエーとかどんだけだよな!」


サジェドのバカ笑いに、遠巻きにしている警備達を見る。を想像したのか気まずそうに顔を背けられた。


アースィムが嫁を離さないのは知られた話で、休み明けの王太子が平然とした顔で立っているのが不思議なくらいだ。イザームとて体力がある分確かに弱くはないが、クルシュの男が全員絶倫そうだと思われたら堪らない。


「ソレ合わせて考えても大将の嫁があの女じゃなくて良かったわ」


漏れそうになる溜息の代わり、投げやりに言ってから串から引き抜いた肉を咀嚼する。口の中に広がる香ばしさと少しクセのある肉汁に舌鼓を打った。ディルガムの肉焼きの腕は休みの度に上達している。


「絶対ついてけねーもんなあ」

「ついてける女なんていなくねえか」

「つかそもそもさ、あんなガリガリじゃ抱けなくね?大将の大将勃たなくね?」

「違いねえ!」


下世話な事を真顔で言ったディルガムに、イザームも思わず噴き出した。

ゲラゲラと品の無い笑い声が夜の庭に響く。酒瓶は次々と空になり、肉やツマミもどんどんと減っていく。廊下から様子を窺っていたオッサン達はいつの間にかいなくなっていた。


「あー、どっかに筋肉ゴリゴリの強くてエロいイー女いねーかな」


どうしたって話題がソッチに流れていくのはもう仕方がない。幼馴染み組で夜の生活が潤っているのはアースィムだけだ。

一年以上も禁欲生活を送っているいい歳をした男四人、酒が進めば下ネタに走りたくもなると言うもので。


「この国じゃ無理だろ」

「そう言うけどカーミル最近アレじゃん、娼館通ってんじゃん。イイコいるんじゃねえの?」

「お、どんなコ?筋肉ある?」

「筋肉はあるけど抱いてねーぞ」

「なんだフラれたんか」

「それならオレ行ってみよっかな!」

「男でイイならどーぞどーぞ」

「え」


目に見えてウキウキしたサジェドは、カーミルの半笑いを前に固まった。

そもそも金を払ってフラれるとはどう言う状況だとも思うが、商売だからこそ無理強いはしないと言うのはクルシュの男なら当たり前の考え方だった。


口説けなかったら美人の酌で酒でも呑んで、イイ気分で大人しく寝ればいいだけ。その時間が楽しければ抱けなくたって男は通うし、通っていれば娼婦もそれなりに情を交わしてくれるものだ。


幼馴染み組の最年長で二十六になるイザームにも馴染みの女はいて、国を出る前にはちゃんと顔を見て来た。いつ戻るかも分からないから身体に気をつけてなと、そんな感じの事を言ったら寂しがってくれた。クルシュの女は強くて逞しい。きっと元気にしているだろう。


思考が少し逸れた所で、軽く咳払いをした。


「まあ、うん。いいんじゃねえか?大将の嫁も男だしよ、イマサラ気にしたりはしねーよ」

「なんでそうなるんだよ。飯食って酒飲んでるだけだっつの」

「それにしちゃ二日に一回は行ってんじゃん」

「会いたくて堪んねーって?カーミルがそんなんなるの初めてじゃね?」

「男だって言ってんだろ。それにアイツは売ってねーよ。店の用心棒だわ」

「そりゃ良かったじゃねーか」

「娼婦にマジ惚れはしんどいもんなー。他の野郎に触られてるとか考えたら絶対キレる」

「だあから!違うって!」

「照れんな照れんな」


イザームの声を切っ掛けにまた賑やかさが戻る。

腹を抱えて笑い、ムキになるカーミルを揶揄ってまた笑い、肉が焼けたと言うディルガムに熱々の串を投げ渡されて難なく受け取ったサジェドが熱いと騒ぎ、ゲラゲラと笑い声が響いて。


イザームは目を細めた。

もう一年も経つのにやっぱり、どうしても一人足りないと思ってしまう。


「……こうやって一人ずつ抜けてくんだろうな」


独り言のつもりだったのに、幼馴染み達はぴたりと笑いを止めて顔を見合わせた。そして密やかな笑いを溢す。


「早々抜けらんなくね?」

「この国の女細っこくてちっせーからなー」

「腰なんかこんなもんしかねーぞ。抱き寄せたら折れんだろ絶対」

「砕けるんじゃねーか」

「止めろって!マジで砕けそう!おっかなくて触れねー!」

「向こうはペタペタ触ってくっけどな」

「コッチの男、筋肉足りてねえから珍しいんじゃね?その内飽きるだろ」

「まあ、小せえのがキャッキャしてんのは和むよな」

「和む和む」


新しい酒瓶を投げて寄越したり、肉を押し付けてきたり。

サジェドに至ってはイザームの肩に腕を回して楽しげに笑っている。


普段は下品でゲラゲラ笑うか戦いながら笑うかの幼馴染み達は、こんな時ばかり変に聡い。


別に王太子のように惚れている訳じゃない。況してや引き離したいだとか邪魔してやろうだなんて思ってはいない。

叔父の三男坊であるアースィムとは実の兄弟よりも兄弟らしく育った。相手が男であろうがその幸せを願う気持ちに嘘偽りは無い。


カーミル達にブラコンも大概にしろだなんて笑われるくらいだから、半ば本気で弟だと思っているのかもしれない。五人揃って戦線を駆け回るようになってからはより強くなった。自分でも上手く言葉に出来ないそれは、独占欲に似ている。


アースィムは王太子がいるからと言ってイザーム達を蔑ろになどしないし、いつものように笑い合ったりもする。ただ一番守りたい者が変わってしまっただけ。好きに暴れる幼馴染み達でなく、伴侶になってしまった。それだけだ。


そして他の三人もいつかはそうなるんだろう。


今でこそ欲求不満を拗らせてはいるが、その内に手を取り合う相手を見つけ、当たり前に五人でいた時間が少しずつ減っていくに違いない。

イザームは多分、そのが寂しいのだと思う。

だからクルシュにいた頃が恋しくなる。


「お、大将」


ディルガムが示した先を見るのは全員同時だった。それに少し笑ってしまう。イザームをブラコン呼ばわりする三人だって大概だ。


一応気を遣って隅の方で焚き火をしていたイザーム達からは、二階のバルコニーに出たアースィムの姿はそこまではっきりと見えない。見えないが、民族衣装では無いゆったりとした下履き姿でこちらを見ているのは分かる。


「王太子寝たんか?早くね?」

「大将来っかな?」

「アレ?なんか弓構えて」


「離脱!!」


先までの女々しい思考を引き摺る暇も無い。

容赦なく向けられ引かれる弓に、サジェドの声に被せるように叫んだ。


「肉!」

「ツマミ!」

「酒ー!」


各々が叫んだものを腕に抱え飛び退いたのとほぼ同時、鋭く放たれた先発の矢尻に結びつけられた袋を、後発の矢が射抜いた。

途端、もうもうと上がる白い粉。


「でえ!?」

「なんだ!?」

「オレの火ィ!!」


粉の正体は消火剤だったらしい。

収まった頃にはすっかり鎮火してしまった焚き火にディルガムが悲痛な声を上げた。

バッとアースィムを振り返るも、既に部屋の中に引っ込んだ後。


「誰だチクったヤツ!まだ焼いてねえ肉あんのに!」

「大将邪魔するとか根性据わってんな!」

「庭で焚き火しちゃいけねえならちゃんと書いとけよなあ」

「……おい」


イザームが顎をしゃくる。

背筋をゾクゾクと震わせる殺気に、他の三人も荷を下ろして半ば無意識に臨戦態勢を取った。


「すげ、めっちゃキレてんじゃん」

「チビりそうなんだけどオレ」

「四人でいきゃ勝てっかな?」

「当てられりゃな」

「無理じゃね?大将死角ねーもん」

「ほんっとバケモン過ぎるよなぁ!!」


小声でのやり取りであったのに、ディルガムの嬉しそうな大声のせいで台無しだ。血気盛んな年頃なのは分かるし、この場の全員がどこか浮き足立ってはいるけども。


「あれオッサンの息子じゃん。生きてる?」

「生きてんな」


どうやら王太子との時間を邪魔した犯人は、王弟の息子のようだ。アースィム様自分で歩けますと今日もキャンキャン騒いでいる。

それを黙殺し片腕に抱えてやって来るアースィムは下履きに素足で、汗に濡れた髪が随分と艶っぽい───だなんて揶揄う隙も与えられず、遠慮なくぶん投げられた息子を咄嗟に抱き留めた。


「おい、大丈夫か」


衝撃はなるべく殺したつもりだったが、うぶ、と情けない声が胸元で上がる。ずり下がった片脚はそのままにして少し前で足を止めたアースィムを見た。

見て、後悔する。


「───焚き火は建物のないとこで、やろうな?」


ニコリと笑い穏やかに言うその目は、全く笑っていなかった。

戦場でもなかなか見ないマジギレである。


「……了解……」


イザームが代表して返事をするとさっさと背を向ける。そしてバルコニーにガウンを纏った王太子を見つけるや否や駆け出して、木や壁を伝って何とも器用に戻って行った。

アレで自分は弱いと思っているのだ。どう言う思考回路をしているんだと、呆れ過ぎて溜息すら出ないのはイザームだけじゃない筈だ。


危うげなく辿り着いたアースィムが王太子を抱き寄せ部屋に消えて行く。

そこでようやく、四人は詰めていた息を吐き出した。


「はー!殺されっかと思った!」

「大将の殺気、相変わらずシビレんなあ!一回くらいマジでヤり合ってみてえ!」

「王太子にちょっかい出して来いよ」

「死にたくはねーんだけど!?」

「つかさあ、大将、どんだけ王太子とヤりてーんだって話だよなあ」

「そりゃ、すげーヤりてーんだろうよ」

「男ってそんなにイイんかな?」

「お。サジェドいくか?めくるめく初体験してくっか?」

「しねえわ!」


ゲラゲラと上がる笑い声に釣られてしまいながら、イザームは中途半端に抱えた王弟の息子を見る。

投げられた割りにはシレっとした顔をしている。軽くて細っこいくせに度胸はあるから、こんな目に遭うんだと呆れた。


「次からは直接俺に言えよ」

「聞く気があるならそうします。受け止めてくださってありがとうございます。もう下ろ」

「そーだ!おまえモヤシみてーなんにすげーな!気合い入ってんな!」

「とりあえず場所移そうぜ」

「オッサンの息子も食うだろ?そんならあんまり遠くねー方がイイか?」

「川でいいだろ」

「無難だな」

「行くぞー!」

「は?あの、僕は行きませ───ッ!?」


随分と畏まった声を遮りやんやと騒ぐ幼馴染み達の中では、この男の参加は決定らしい。あのアースィムを部屋から連れ出したおかげでディルガムがすっかり気に入ったようだ。

イザーム達の足にはついて来られないだろうと横向きに抱え直す。そして地を蹴った。


「ちょっと!誰も行くとは言ってません!」

「口閉じてろよ。舌噛むぞ」


いつもの川までは割りと距離がある。

遠慮なくスピードを上げれば女みたいな短い悲鳴を上げてしがみついて来た。

酒と肉とツマミと。

それぞれ荷物を抱えて走る三人が、楽しげに笑う。


「いっつも大将の分余るからどーすっか悩んでたんだよなー」

「クセだよな、もう」

「オッサンの息子が食うならちょうど良かったわ」


酔っ払って笑い転げてそのまま寝落ちしても、いつだってきちんと一人分残される酒や肉。

それは誇らしく、そして寂しくもあった。


「猪は下処理で味違うからな。ディルガムが捌いたのはすげー美味いぞ」


これで余らなくなるなら次からはこの男に声を掛けてみようか。

そんな風に考えたイザームは、腕の中の男の引き攣った顔に軽やかな笑い声を上げた。




のだが。




「全然食わねえじゃん」

「だからモヤシなんじゃね?」

「つか酒も減ってねーし」

「肉食え!肉!焼けたぞ!」


「ちょっと!もう要らないって言ってるでしょう!?あなた方が食べすぎ呑みすぎなんですよ!」




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