第40話 あの日までは

 俺は、週末に女神様と会う事が唯一の楽しみとなっていた。

 俺は酒も飲まないし、結婚もしていない。仲間からは「つまらない男」に見えるようだ。

 なんと言われても、俺には女神様がついている。


 あの、泉の畔に住む話を、そろそろしてみようか、そんな風に思っていた。

 それでも、気持ち悪がられないだろうか?

 年頃の男が、女神様の近くで寝起きって・・・・下心があるみたいだよな。

 ・・やっぱり、言うのやめようか。

 それでも、俺は小屋を建てる材料見積もりを始めた。

 手持ちのお金だけだと全然足りない。これからの生活を切り詰めて行かないと。

 村外れにあるノッコイ爺さんの家が手着かずで放置されていたっけ。

 爺さん死んでから結構経つけど、家族も無いから部材を中古で貰おうかな。村長に聞いてみようか。

 そんな、小さな計画を考えていると楽しい。

 毎日女神様と他愛の無い話をして、泉を見ながらお茶を飲み、夜は星を見ながらゆっくりと眠る。

 人間は、そんな程度の幸せで十分なんだと思える。

 俺はきっと、運が良い人間なんだ、そう思っていた。あの日までは。


「マサル、村長が村の広場に集まれって、若い男は全員」


 友人のサマリが、なんだか慌てて振れ回っている。

 何だろう、こんな事初めてだ。

 俺はアパートを飛び出して村の中央にある広場へと走った。既に村中の若い男が集まっている。


「聞いてほしい、さっき国王の使者が来て兵士の徴用について話があった」


「それは、兵士の募集ですか?」


「・・・・違う、徴用だ。戦争が始まったらしい」


「戦争?」


「レラントスで、領土争いが始まった」


 村の男たちは、全員血の気が引いたような表情をしていた。

 もちろん、俺も。

 まさか、このタイミングで戦争なんて。

 レラントスなんて、ここから随分離れた場所だ。第一あそこは島国じゃないか。

 

「徴用は何時から始まりますか? まさか来月なんて事はないですよね」


「来月どころか・・・・明後日には全員出発となる。皆は旅支度をして、使者殿の指示に従うように」


 長老は、とても悲しそうな顔をしていた。

 この人だって、何回も戦争に行っては仲間を失って来たと聞く。

 せかっく増えた村の若い男たち、また大勢減ってしまうだろう。

 女神様と会うようになった2ヶ月前なら、それほど悲観もしなかったと思う。俺には大切な人なんていなかったから。

 でも、唯一心残りな事が今はある。

 女神様と、もう話が出来なくなるって事。

 今の俺には、それが堪らない。

 

 ああ、泉の畔に、小屋を建てる話、とうとう女神様に出来なかったな。


 大して準備に時間がかからないと思っていたけど、いざ出発ともなると色々大変だ。

 これから長距離を歩かなければならないから、旅の荷物は厳選しなければならない。

 食料も衣料も、そして斧も。

 木こりの命でもあるこの斧は、戦争になれば武器として使わなければならない。

 これで人を切るのは嫌だな。

 それでも、そんな感傷に浸る間もなく、俺たちは村の簡素な出陣セレモニーに見送られ、村を後にした。

 結局、俺は女神様にお別れも言えなかった。

 まさか、こんな事になるなら、先週末に小屋の話をしておけば良かった。

 ・・・・いや、違うな。そんな話をしてしまえば、俺は嘘つきになってしまう。

 俺の願いは、女神様を寂しさから癒す事だったじゃないか。

 小屋の話なんてしてしまえば、女神様だってきっと待ってしまう。

 だから、これでいいんだ。

 振り返ると、村がもうだいぶ小さく見える。

 そう、出会わなければこんな気持ちにならなかったのに。 

 女神様の、寂しそうな横顔が、ちょっとだけ脳裏をかすめた。

 だから、もう考えないようにしないとダメだ。

 生きて帰ればいいじゃないか。まだ死ぬと決まった訳じゃないし。


 だから、俺は泣いちゃダメだって思ったんだ。

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