第29話 それでは本番

「うわ、体育館満員じゃん! ってか、もう立見までいるよ!」


「前評判良かったですからね! お願いしますよ、先輩!」


 美弥子と俺は、ステージ袖から客席を覗いていた。

 前評判が良すぎて、体育館は既に熱気に包まれていた。

 噂では、他校の演劇部員まで見に来ているらしい。

 高校の演劇部で、ここまで観客が来るって珍しいんじゃないか?

 

「それでは本番、よろしくお願いします!」


 委員長が気合を入れる。

 さすがに緊張している様子だ。

 俺も、なんだか今更緊張してきた。

 役柄なんて、初っ端から気を失うだけなんだけど、そういえば人前で演技なんて人生初だな。

 母さんは・・・・光ってる!


「ちょっと、母さん! もう光っちゃってる! 今、暗転中だから、それダメ!」


「なによ、ちょっとくらい光ったっていいじゃない! 女神なんだから」


「そういう問題じゃない! 演技に集中して! 母さんは今、木こりを寝取られて怒りに燃える女神様! 光っちゃダメな場面!」


「まったく、細かい事を気にするのね。解ったわよ、ダーク母さん見てらっしゃい」


 なんだ? ダーク母さんって・・。

 怖いよ、本気モード見せちゃって大丈夫なのか? 

 大変だぞ、観客全員失禁とかさせちゃったら!

 すると、体育館のスピーカーが開始のブザー音を鳴らし、「ただいまから、演劇部による公演が開始されます。演目は『金の斧』です。よろしくお願いします」とアナウンスされた。

 いよいよだ。

 ステージには俺と委員長が二人してベッドに横たわる。そして、緞帳(幕)が上がると、観客の熱波が無音で入って来る。

 


正子 :「・・・・奥さんと、別れてくれるって言ったわよね」


木こり:「さすがに、今すぐって訳には行かないよ。それより、いいだろ、もう我慢できないよ」


 よし順調に始まった。

 不思議なもので、始まってしまうと緊張が解れる。この珍妙なやり取りを観客は無言で見守る。拍手もヤジも一切ないのが逆に不気味なくらいだ。


 そして俺の首が跳ねられ、委員長は真っ赤な血にまみれながら俺の頭部を抱えて笑う。それを俺はステージ袖から見ている。

 考えてみると不思議だ。俺の首、あそこにあるのにね。


「ねえ、さっき、あの二人ってキスした?」「まさか、高校の演劇でそれは無いでしょ」


 観客から、さっきのキスシーンでざわざわし始めた。

 普通は、キスなんてしない。

 でも、実はあの時、委員長は本当にキスをしていた。

 薄暗いステージ上で、俺は緊張がマックスに達して我を失い、その異常性に気付いていなかった。

 今日まで、俺は委員長と3回キスをした。

 だから、このステージでのキスは4回目、それが俺を麻痺させていた。

 考えてもみれば、高校生がステージでキスなんて異常な事だ。 

 でも、この時の俺は、それにすら気付けないほどアドレナリンが出ていたんだと思う。


 まさか、舞台がこんな事になるなんて、夢にも思わないじゃないか。

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