第21話 母さん?

 母さんの取り巻きたちは、人の母親であることを全く気にすることなく、休み時間ごとに集まっては輪を作る。

 基本、俺の隣の席だから、もう本当に迷惑極まりない。


「ねえ、マサル君も、こっちに来ない?」


 なにが「マサル君」だよ。普段は「ちょっとあんた」とか言うくせに。 もう俺に構わないでくれ・・・・クラスメイトの視線が痛いからさ。

 母さんの周囲に発生する生徒の輪は、母さんを中心に、まず親衛隊のような強い意志の男子によって第1層が形成され、それを囲うように第2層が、そして、平静を装って、本当は近付きたいのにそれが出来ない第3層が存在し、話しかけたいけど男子の圧が強すぎて近付く事さえ出来ない女子の第4層と、大きくこのように分けられた。

 

 ・・・・なんだよ、第4層って。


 それにしても、短い休み時間に母さんはよく会話を捌く。見ていて気持ちが良いくらいだ。

 委員長も、第4層からこっちを見ている。でも、ほかの第4層とは違い、放課後になったら一緒に部活をする、というアドバンテージが、彼女に余裕を与えているようだ。

 授業が始まっても、今度は課目担当の先生が落ち着かない。

 女性教師ですら、明らかに動揺しているのが解る。

 やりずらいだろうな、国語の斉藤先生は。事情も知っているし、一度は演劇部の入部を断った経緯もあるし。

 

 こうして、あっと言う間に放課後がやってくると、後輩の荒木美弥子はもう体育館のステージに興奮ぎみで待っていた。


「・・・・凄い! 噂は本当だったんですね!」


 そうだよ、そうですよ! お前の脚本のおかげで、こんな事になりましたよ。

 美弥子は本当にキラキラと目を輝かしている。こんな表情も出来るんじゃん。

 

「でも、知りませんでした、先輩のお母さん、まさか17歳だったなんて」


「ああ・・・・俺もまさかの衝撃だよ」


 凄いな、どうしてみんな簡単に受け入れる? だって俺が17歳なんだから色々困るだろ、母親が17歳じゃ。

 

「あーあ、16歳だったら、私と同学年だったのにな」


 やめろ美弥子! パラドックスが起こるから!

 母さん、女神だからなー、なんか本当に起こりそうで怖いんだよ。

 で、委員長が書き直してきた脚本に目を通す。

 

 ・・・・あれ?


「ねえ委員長、この脚本・・あまり変わってなくない?」


「うん、私も色々考えたんだけど、少しでも要素を変えちゃうと美弥子の個性って言うか、色味が無くなっちゃう感じがして、あまりいじれなかったのよね」


 それにしても、首取れちゃうところも、不倫の現場も、全部そのままって・・・・


「あら、この脚本、美弥子ちゃんが書いたの? 凄いわね、よく書けてる」


 母さん! ややっこしくなるから口挟むなよ・・・・なに、ドヤ顔でこっち見て。

 ・・・・?


「それじゃあ、役者も揃いましたので、読み合わせ始めたいと思います」


 委員長がそう言うと、台本を持ったまま、全員が一度ステージに立つ。

 最初は、俺と委員長がベッドの上で天井を見ているところからだ。


 いや、エロい! これ、なんかエロい!


 委員長はキャミソール着ている設定だけど、俺はパンツ一丁って設定じゃん!

 いや、やっぱり高校の出し物としてはアウトだろう。

 読み合わせは、辿々しく進んだが、いよいよ女神様の登場という場面でそれは起こった。


「あなたが落としたのは、金の斧? それとも銀の斧?」

 

 照明は入っていなくてもよく解る。母さんは真っ暗なステージ上で輝いていた。

 その表情は、美弥子の脚本の通り、いつもの自信と生気にみなぎったものとは違い、明らかに恋を患う女神のそれだ。


 部活をしていた運動部員は、皆一様に動きを止め、俺の頬には静かに涙が流れた。

 

 母さん? あれ? ・・・・母さん?

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