二章三話 閃光
「────」
がたがたと、小石を踏んだのだとわかる振動がココアの細い体を揺らしながら、馬車は前へと進む。
乗り心地は存外悪くなく、吐き気などに襲われることのないまま景色だけが変わっていくのを、ココアは静かに見つめていた。
「ココアちゃん」
「はい? 何でしょう、ご主人様」
「さっきアウルさんから貰ってた地図、もう一回見せてもらってもいい? 着く前に地理を覚えておきたくて」
「なるほど、さすがはご主人様です! 今出しますね!」
カバンに細く白い指を突っ込み、乱雑に中をかき乱す。
何かと入り用になるだろうと念入りに準備をしたのが仇になったが、そんなことはお構いなしにココアはカバンから地図を引っ張り出した。
「こちらになります、ご主人様」
「ありがとう」
カオルの手に地図を渡し、なぞるように動く黒瞳を見つめる。
──カオルは、何を考えているのだろうか。
──カオルは、何を思っているのだろうか。
──カオルは、ココアのことを、また、家族と思ってくれるだろうか。
「────」
時間だけはあり、不快でない沈黙がカオルとココアの体を貫く。
アウルは馬車を操縦しているから、ココアたちの空間には干渉せず、馬と会話を交わしている。
アウルにもカオルにも、ココアのわがままを押し付けてしまって申し訳ないが、もう少しだけ、付き合って欲しい。
と、そんなことを考えながら、それから馬車が30分ほど走り続けたあたりで、
「──何でしょうか」
脇道に、こちらへ手を振る人影が見えた。
善良そうな顔をした、小さな女の子を連れた家族のようだった。
「止まっても構わないかい? ココアちゃん」
「──はい。なにかお困りのようですし、ご主人様さえよろしければ」
「俺は平気だよ」
「とのことです。止めましょう」
馬車から降り、ココアはヒールを鳴らしながら家族に駆け寄る。
怪我などをしている様子はなく、困っている様子はあるが、焦ってはいないようだった。
「何かあったのですか?」
「──いやぁ、お恥ずかしながら、道に迷ってしまって……目印のあるところまででいいから、乗せていっていただけないかな、と……」
「──道に……そうですか、アウルさん、乗れそうですか?」
「うん、荷台でいいなら」
「構いません! いやぁ、ありがとう!」
アウルに握手を求める青年。ココアは自然にその隣にいた婦人と少女の手を取り、
「では、こちらへ。案内致します」
ココアがにこやかに笑えば、少女の顔が綻ぶ。その少女の穏やかな顔に、ココアも胸の奥に暖かい気持ちが湧いてくる。
「──お姉ちゃん?」
「っ、はい! ──あ、いや、違いますよ。わたしは幼女の手を握って興奮するような変態さんではありませんからね」
「ようじょ?」
「ココアちゃん、行こう」
ココアが慌ててわけのわからないことを口走るのを、カオルが遮る。
少女を荷台に乗せ、ココアは先まで座っていた位置に戻る。
「────」
少女と繋いだ手を、ココアは金色に輝く瞳で静かに見つめる。
その温かさは、昔よく味わったものとよく似ていた。
「──ご主人様……」
「呼んだ? ココアちゃん」
「──いえ、行きましょう。あまりモタモタしていると、後ろのご家族が困ってしまうかもしれません」
カオルに笑顔を返し、アウルに「馬車を出してください」と声をかける。
アウルは「準備できたかな?」とだけ返し、前方で馬を操縦する準備を始める。
「お姉ちゃん、ありがとう!」
「──いえ、お礼なら、前で馬車を操縦しているお兄さんにお願いします。わたしは……わたしは、こちらの男性のただの従者です」
「じゅーしゃ?」
「この人に付き従う人ってことです」
「つき……?」
「──困った時にお願いを聞いたりお手伝いをしたりする人です」
「なるほど! めいどさん!」
「その概念あったのですね」
初めからそういえばよかった、と肩を落とすココアを見つめ、カオルは、
「──良かった」
と、少しだけ、安堵したような声を漏らしていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「アウルさん、目印になりそうな場所はありますか?」
再び走り出してから20分弱、ココアが身を乗り出してアウルにそう聞く。
「うーん……近くに街があるから、そこで一度止まろうかと思っているけど……」
「とのことです。どうですか?」
地図を見せ、ここで止まると知らせる。
すると、
「なるほど、はい! ではそこで!」
「構いませんか?」
「そこからなら帰れますから!」
「それは何よりです」
ココアが地図を脇に、視線を前へ戻す。
と、その時、
「お姉ちゃん!」
「? どうかしましたか?」
「なんか、へんなおとする……」
「──音?」
少女が眉を下げるのを、ココアは見つめ、そして、
「──! 失礼します、ご主人様、ご夫妻!」
カオルと夫妻を担ぎ、脇道に柔らかく投げる。そして、アウルの首を掴んで引き寄せ、
「──爆弾」
そう、カオルとココアの声が重なる。
瞬間、少女の首に紋様が刻まれ、そして、眩い閃光が──
「──は、」
否、少女の体は爆散し、その威力のままに、目視できる限りでアウルと夫妻の顔面に火傷が、カオルの腹に風穴が開き、そして、ココアは、
「──ぐ」
二度目の、能力発動へと至った。
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