元Sランク冒険者、弟子を取る~引退後の生活は、おしかけ弟子のせいで滅茶苦茶です〜
サラダよりも肉が好き
第1章 元Sランク冒険者、弟子を取る。
第1話 元Sランク冒険者と、おしかけ弟子。
世界なんてとっとと滅びてしまえば良いのに。
そんな風に思っていた俺、秋宮哲郎(あきみやてつろう)は、ベッドに入って目覚めたら異世界へと転移していた。これが15歳の頃だ。
展開が爆速すぎるって?そうとしか言いようが無いんだから仕方ないだろう。
目覚めたのはどこかの森で、わけがわからないまま走って、運よく街に辿り着いた俺は、そこで様々なことを知ることになった。
転移した世界は、いわゆる剣と魔法のファンタジー世界ってやつだ。冒険者とか魔物とかダンジョンとか、お約束のものは大概ある。
ステータスとかスキルはないタイプだったから、色々把握するのにそこはわかりにくかったな。
そんな世界で、俺はお約束のように冒険者になった。テツロウと名乗り、同じ転移者の仲間だったり、現地人とパーティーを組んで、沢山冒険して名を挙げた。
冒険者の最高ランク、Sランクまで昇りつめたんだぜ。ちやほやされるのは悪い気分じゃなかったなぁ。
だが、そんな順風満帆の異世界ライフも突如終わりを告げる。パーティー内で問題が起きて解散。この時俺は25歳。10年も冒険者やってたんだな俺って。
やるせなくなって、そのまま冒険者を辞めた。元々人と関わるのもそんなに好きじゃなかったし、バカみたいに蓄えた金を使って、とある山とその周辺の土地を買った。
そう、山だ。マイマウンテン。山を一人で開拓し、家を作り、畑を耕す。狩りをして食材を確保して、どうしても足りない物資を調達するときだけ山を下りた。そして現在28歳。見事なアラサー独身男性の誕生だ。
充実していた……寂しさはあるが、おおむね満足していると言っていい。
「朝か……」
今日も農作業の後、軽く山を見回って狩りをする予定だ。自分で獲った野菜と肉でつまみを作って、酒を煽るのが日課……異世界スローライフ。悪くない日々だな。
自分で建てたログハウスを出て、いざ畑へ……と移動しようとした、その時だ。
「……う、うぅ」
……何かいる。人の顔に獣の耳と尻尾が生えた、オレンジ髪の女の子供が倒れている。恐らく猫の獣人か?
この世界にはちゃんと異種族もいる。エルフにドワーフに獣人など勢揃いだ。
「み、水……水を……」
しかし……そもそもここ、私有地なんだよな。看板は随所に配置してるし、冒険者時代に身につけた結界魔法で、“敵意を持った生物や、一定以上の魔力を持つ生物”が侵入したときは身につけている指輪が光って反応する。そしてここしばらく反応はなかった。つまりこいつは、俺を害する以外の目的を持ってこの山に近づいた可能性が高いってことだ。
間違いなく厄介事。第一、この山は相当田舎に位置している。俺に用が無い限り、迷い込むのは本当に迷っただけの馬鹿くらいだが……。
「あ、あの……水……」
このまま見殺しにするのも多いにありな気もするが……こいつ、エンブレムをつけてるな。冒険者だ。エンブレムは、特殊な魔法で冒険者ギルドに信号が送られている。死んだ瞬間に、エンブレムを通して感知されちまうな……面倒だが、助けるか。
「……きゅう」
あ、気絶した。
☆
ログハウスのベッドに寝かせた後、日課の農作業と山の巡回を終えて行き倒れ少女を監視する。持ち物を改めたが、武器のダガー以外に物騒なものもない。本当になんの目的でこの山に来たんだコイツ……。
「う、うーん……ハッ!」
「……目が覚めたか」
猫獣人の女子は、周囲を見渡して、俺の姿を視認した後……
「え……その、えっと!も、申し訳ありませんでしたぁぁぁぁ!!!!!!」
ベッドの上で流れるような土下座を披露した。騒がしい奴だな……。俺はあまり人と関わりたくない。そのための山生活だし、早く帰ってくれないかな。もうストレートに言ってしまおう。
「おう、迷惑だからとっとと帰れ」
「私有地に入り込んだ挙げ句にこのような失態……ですが、思い立ったらいてもたってもいられず!」
「あぁうん、わかったからとっとと帰ってね?」
「お礼をしようにも路銀も残ってなくて……!かくなる上はこの身体で……!」
「いや話聞けよ……あぁもう服を脱ぎだすな……!」
ひとまず、このガキに水を飲ませて落ち着かせる。テンパってる奴は話が通じなくて困るな……。
そうして数分後、ベッドに正座した獣人のガキが、事情を語りだした。
「改めて、助けていただいてありがとうございました!私はミャゲル、ランクDの冒険者をしています!」
「そうかよ……Dランク?お前年幾つだ」
「15歳です!」
冒険者にはランクがある。Eが一番下でAが一番上。それより上にSランクが存在する。
一般的に、Dランクっていうのは“冒険者として一人前”として扱われるランクだ。
ギルドには15歳にならなきゃ……つまり、この世界の成人年齢を超えないと登録できない。
そしてDランクに昇格するには、最短で1年くらい下積みが必要と言われている。つまりこのガキは、1年足らずでランクを昇格したってことになる。俺だって1年と少しはかかった。
それなりに出来るようだが、尚更そんな奴がここに来た理由がわからない。本当に早く帰ってくれねぇかな……!
「助けてもらった手前申し訳ないのですが、私はあなたにお願いがあってこの山まで来ました!」
「俺にはお願いもなにもないから帰ってくれ」
「私、実は伸び悩んでいまして!」
「話を聞かない呪いとかそんな感じのにでもかかってんの?だから帰れって。身長ならきっとすぐ伸びるって……」
「いえ、身長ではなく冒険者としての実力が!」
「ちゃんと聞こえてんじゃねぇか!……つーか若いのに何言ってんだよ。これからだよこれから……!」
「どうか、このミャゲルを弟子にしてくださあああああい!!!」
「……あぁもう!!!だから帰れって言ってんだろうがこのガキぃぃぃぃぃ!!!!」
「よろしくお願いします師匠おおおおおお!!!!!!」
「誰が師匠だぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
☆
数十分後。柄にもなく俺もムキになって言い合いをした末、獣人のガキ……ミャゲルの腹が鳴った。
本当ならこれ以上何かをしてやる必要は皆無なのだが、腹を空かせた苦しみはわからんでもない。
俺が冒険者を始めた頃、次の飯代すら稼げなくて空腹のあまり雑草を口にし、見事に腹を下したこともある。それも1度や2度じゃない。
仕方ないので、飯を分けてやることにした。今日のメニューは畑から取れたトマトやレタスを使ってこしらえたサラダと、狩りで獲った肉を生姜焼き風に焼いたものだ。
余談だが、この世界には醤油が存在する。どうやら俺よりもずっと前に存在した転移者が作成したらしく、そのレシピは現代に至るまで引き継がれているのだ。
それなりに高価だが、冒険者時代の膨大な蓄えを持つ俺には大した金額じゃない。買い込んでありがたく使用させてもらっている。
「……できたぞ。それ食ったら帰れよ」
「ありがとうございます!いただきます!」
ミャゲルは、お行儀良く手を合わせてから食事にかぶりつきはじめた。いただきますとかごちそうさまとか、この手の文化は俺が転移してきたときから存在していたな。これも昔の転移者から伝えられた文化だったりするのだろうか。どうでも良い話だが。
この世界には、探せば割と転移者が存在する。割とと言いつつも大きな街に1人存在するかどうか、くらいの温度感だ。そういう奴は決まって強靭な肉体や膨大な魔力などを兼ね備えている。あとは言語も通じるようになっているのだ。転生特典ならぬ転移特典……とかいうものなのかね。
俺の場合は、元の世界にいたときより遥かに高い身体能力を身に着けていた。魔力量もこの世界基準では多い方だ。
「お、美味しすぎます……!この鼻腔をくすぐる香ばしい香りと、口に入れた瞬間に広がる肉の脂の甘みと、それを際立たせる甘辛いこのタレ!まさかこれには高級調味料のショーユが使用されているのでは!?」
「意外と語彙力あるな……そうだ。ありがたく食えよ。そして食ったら帰れよ」
「この肉はなんですか!?熊に似ていますが、肉肉しくも臭みもないですし良い肉なのでは?」
「グランドグリズリーの肉。あと帰れ」
「グランド……っ!?Bランクの魔物じゃないですか!?」
「普通にこの山にいるぞ。この辺には近づいてこないが……本当に良く生きてたな。山の中で倒れてたら今頃あいつらのおやつだぞ」
顔を青くするニャゲル。Dランクの実力で敵う相手じゃないわな。
俺は、元とはいえSランク冒険者だ。余程のことじゃない限りは苦戦しない。食用に処理するのには苦戦したけどな。臭みが無いのは試行錯誤の結果である。
ちなみに、モンスターにもランクが存在する。冒険者ランクと同じくAからEまで。特別にやばいヤツはS。
Bランクは、街の付近に現れれば討伐隊が組まれるレベル。小さな村とかなら避難も視野に入れられる。
「やはり、Sランク冒険者としての実力はご健在なのですね!弟子にしてください!」
「いやだ。食ったら帰れよ」
「ご馳走さまでした!弟子にしてください!」
「botか何かなの?あとやっぱり人の話聞かないよね君」
「ぼっと……?それほどでも……えへへ」
「褒め言葉ではねぇよ?」
もう埒が明かないなホント。今どきの若者ってみんなこうなのか?いやね?俺もまだ若いけども。
「あー……ミャゲル君とか言ったっけ?」
「はい!ミャゲルです!」
「どうしてそんな弟子入りにこだわるのかね。君ほど優秀な冒険者なら引く手数多だろうし、弟子にしたい奴もそれなりにいるだろうに。わざわざこんな山奥に、しかも私有地って知っていて、尚且つ“悪名高い”俺のところに来たのはなんでだ?」
俺は、諸事情によって評判が良くない。事実ではないのだが、パーティーを解散したときにちょっとひと悶着あったのだ。
世間一般の俺の認識は“バカをやらかしてパーティーをクビになった無能”だ。重ねて言うが事実ではない。実際はパーティー内で揉め事が起こって……いや、俺が揉め事を起こして、俺が勝手に出ていっただけだ。どちらにしても褒められたことではないな。
俺の問いに、ミャゲルは少し恥ずかしそうに顔を赤らめて口を開く。
「それは……あなたが、私の憧れだからです。“拳王テツロウ”様」
「懐かしい名前を出して来るなぁおい。その名前はやめろって……っ」
「テツロウさ、師匠、指輪が……」
身につけている指輪が光輝く。この指輪が光ったということは、すなわち……敵だ。
師匠呼びをするミャゲルを無視して外へと出る。……なるほど。この山では確かに感じない気配が、それなりの速度でこちらへ向かって来ている。
「まぁ……来てくれるなら待つか」
「師匠、一体その光る指輪は?」
「出てきちゃったのね……あと師匠じゃないから。これは危険信号みたいなモンだ。多分他所からきた魔物かなにかがここに向かってる」
「では私が戦います!」
そんな会話をしているうちに、少しずつ気配が近づいてくるのがわかる。これでも元Sランクだしな。気配的なものはわかる。
茂みから音が聞こえ、やがてそいつは姿を現した。
赤い肌、筋骨隆々の肉体には、肩や頭から金属を思わせるような光沢のある角が生えている。人型のそれは、3m位はあろうかという巨体だ。俺はだいたい180cmくらいだから、見上げることになりそうだな。
「あ、あれは……ブラッドオーガ!Aランクの魔物ですよ!?なんでこんな山奥に……」
Aランクの魔物がどれくらいやばいのかといえば、単体だけで街が崩壊するレベルだ。ダンジョンの中ならともかく、滅多に現れないレベルの魔物。
一般的に英雄視されがちなAランクの冒険者でも、倒すには細心の注意を払い、全力を持って戦いに挑む。それがAランク魔物だ。
ブラッドオーガ。Cランク魔物、オーガの上位種。自身の魔力を肉体の強化に注ぎ込んで近接攻撃をしかけてくる凶悪な魔物だ。ブラッドの由来は、その赤い肌。
「とりあえず、死にたくなかったら下がってろ」
「師匠……」
「師匠じゃないって……」
ブラッドオーガは、俺を見て口を横に開くように笑みを浮かべる。獲物を見つけたと言わんばかりに、その巨体からは想像できないような速度で突進を仕掛けてきた。
「グルアアアアア!!!!」
自動車に轢かれるようなものだ。まともに受ければ死ぬ。流石は上位種。並大抵の冒険者なら瞬殺だろう。
「……まぁ、俺が相手じゃなければだけど、な!!!」
右手を前に出し、ブラッドオーガの頭を掴む。突進はもちろん止まる。
「!?ガ、ガアアアア!」
そのまま左拳を俺に振り下ろしてくるが、左手でそれを受け止める。俺の付近の地面がひび割れ沈んだ。Aランクだけあって、中々の威力だな。
「お前がどうしてここに居るかは知らねぇが……」
「グ、ガ……!」
「ここは俺の土地だ。さっさとくたばりな……!」
頭と左拳を離してブラッドオーガの顎に膝を入れる。下からの衝撃で起き上がった胴体に、魔力を込めた拳を叩き込んだ。
「ァ……!」
叫び声を上げる事もできず、胴体に風穴が空いたブラッドオーガは仰向けに倒れ込んだ。駆除完了だ。ざっとこんなもんですよ。
にしても、この周辺には下位種のオーガも生息していない筈だが……なぜこいつがここに?
難しいことは後で考えることにして、死体を解体しよう。オーガ種の角は高く売れるのだ。問題はこんなAランク魔物の高級な素材を売却すると目立っちまうことだが……。
「……やっぱり、その力は健在なんですね」
「あ、まだ居たのミャゲル君。そうだ、この角1本あげるから帰ってもらうっていうのは」
「どんな強敵相手にもその身一つで挑む豪傑。伝説のSランクパーティー「マスターアーツ」に所属していた、世界最強の冒険者の1人」
「あの、話聞いてる?そうだ、おまけでもう1本つけるからさ、早く帰って」
「“拳王”テツロウ様!改めて、私を弟子にしてください!!!」
「だから断るって言ってるだろうが!!!いい加減話を聞けぇ!!!!」
詰め寄ってキラキラした目で見てくるんじゃねぇよ!もう!!
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