6月7日 出会い

サッカーボールが天に舞い、皆が上を見上げていた。

俺はボールの行く末に向かって気づけば走っていた。

ゲームも終盤。ここで負けるわけにはいかない。

その思いで走っていた。

そのはずなのに。

「!」

気付けば視界が酷く歪み、視点が砂ぼこりで見えなくなった。

その時自分が転び、足が動かせなくなっている事に気付いた。


アキレス腱断裂。

それによる高校最後の試合欠場。

全てがどうでもよくなった。


「俺の高校3年間って、何やったんやろ。」

ぼそっと呟いても周りには耳の遠いおじいしか入院していないため、返事すら返ってこなかった。

手術して7日が経っただろうか。

こうしてベットの上でダラダラしているのも飽きた。

「正宗君、散歩は良いけどあまり出歩き過ぎないようにね。」

看護師に釘を刺さされつつ、俺は病室を後にした。


病室を出てエレベーターで3階。

リハビリを兼ねてここに来た時、なんとなく気分が良かったから。

扉を開けて外に出ると、雲ひとつない快晴だった。

車いすの車輪を押し、俺は進んでいった。

そして1本の木の前に着いた。

ここの庭園のどれよりも大きく、葉が生い茂っている。

何故か俺はこの木に魅入られた。

この木を見たら俺の悩みなんてちっぽけな気がしたから。

「…まあ、そんな事ないんやけどね。」

ボソッとつい言葉にした時だった。


「何がそんな事ないん?」


急な返答に振り向くと、そこには小柄で、触れたらふわっと消えてしまいそうな。

「お兄さん、あんまり見ない顔やね。初めまして。」

その女子はそう言って微笑んだ。


これが俺と柚の初めての会話だった。










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