ペット

雲居晝馬

 

 その生物がいつからペットとして一般的になったのか、私は思い出すことができない。


 少なくとも私が大学生の時は、こんな生物は世間的には認知されてすらいなかったはずだ。


 日記を見返す。二年ほど前、私は半年ほど日記をサボっていた時期があったが、その空白期間の前後で、唐突にその生物への記述が表れるようになっていた。


 その生物は、なめくじのような見た目をしている。黄色地の皮膚に、黒い斑点の模様があり、表皮は人の肌のような感触。胴と頭が一体になっていて、頭部はプラナリアのように一対の目玉がこちらを見上げている。


 これといった呼び名はなく、「なめくじ」や「ヒル」と呼ぶのが一般的だった。


 ペットとして人気になった理由は、その特殊な能力のおかげである。その生物は、何をしても、死ななかった。刃物で切りつけても、金属で踏み潰しても、炎で炙っても決して死ぬことはなかった。趣向を変えて、餓死させようと餌をやらなかったり、虫籠を真空にしたりしてみても、ピンピンしたままだった。


 しかし、その生物に何より特徴的なのは、人間の嗜虐性を惹起したことだった。攻撃を受けると、キュゥゥゥと発泡スチロールを捻るような音を出し、頭部の目玉を困ったように顰めた。

 SNSでその姿が可愛いと話題になり、全国に、いや、全世界に広まった。


 初めてその生物の話を聞いた時、私はその行為を不愉快に思ったが、実際にその生物を見て考えが変わった。愛くるしい目で私を見つめ、くねくねと湿った虫籠の底で蠢くそれは、私に虐められるのを心待ちにしているかのように見えた。


 私はペットショップで売られていたその生物を衝動買いし、自宅に連れ帰った。


 そして、まずは、試しに勢いよく壁に叩きつけた。

 キュゥッと短く叫んで、その生物は困り顔をする。


 もう一度、今度はもっと近距離から叩きつける。

 ギュッと鳴る。


 楽しくなってきた。


 私は何度もそれを投げつけた。どれくらい続けていただろうか。しかし、その生物は最後までピンピンしていて、買ってきたそのままだった。


 問題が出てきたのは、その生物の登場から一年ほどたった頃だった。


 その生物を虐めることに中毒になってしまった人が急増し始めたのだ。


 さらに、安価で大量に販売されたため、杜撰な飼育人が野生に逃してしまうことが多発した。


 特にその被害を受けたのは農家で、その生物に畑が食い荒らされるようになった。また、ある小学校では、倉庫に貯蔵されていた食料が週末の間にすべて食べられている、なんてことも起きた。


 しかし、対処しようにも殺虫剤は効かないので、捕まえて何処かに保管しておくしかなく、処理に頭を悩ませた。


 政府もその頃から、その生物の取引に関する法令の整備などを始めたが、すでにあまりに広く生息していたため、実質的な効果はほとんどなく、それは今でもそのままである。


 ところで、最近、この生物の生態について、また新しい発見がなされた。

 発見というより、観測と言った方が近いかもしれない。


 昨日、うちのペットでもそれが観測され、嬉しい気持ちでいっぱいだ。


 この生物は、大量の卵を産卵していた。

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