第21話 とある誰かの物語


――佐倉 灯夏。高校生、夏。


「はいはーい!灯夏せんせー、このギターソロどう!?めっちゃカッコよくね?」


制服も着替えずにギター抱えて家に来た柚希は、部屋に上げるなりギターを弾き出した。

ふわり香る柑橘系の香水。柚希の匂いと音が部屋に満ちていく。


「……うん、いいね。それだと二つ前に作った曲に合いそうかなー」

「だよねだよね!いやあうち天才かな、へへ」

「っていってもギターソロあたしだよね、弾くの」

「もちろん!プレゼントふぉ~ゆ~だよ!素敵なメロディーを大切な灯夏ちゃんに」

「もうそのプレゼントめちゃくちゃ貯まってるんだけど」

「あはは、だねえ。まだ使ってないの沢山あるね。でもいい感じだったでしょ?今の!」

「まあ、うん。確かにいい感じだった。カッコよかったよ」

「でっしょ!?じゃあ試しにやってみよーよ!灯夏はやってみたくない?」

「……みたい」

「だよねえ!うんうん」

「んじゃ、今から凛子と保奈美も呼ぼっか。3人で合わせよう?」

「んー、それじゃスタジオ行こっか。あたしの部屋じゃドラムないし」

「だねえ!あー……でも、うち渋沢さんに怒られそうだなー」

「なんで?」

「や、だって今テスト期間中だし」

「え、でも渋沢さんわからなくない?」

「わかるんだってーの。あそこ高校生結構出入りしてるでしょ。だからそういうの気にしてたりするんだよ。ってか昨日それで怒られたし」

「あー。って、は!?柚希昨日もスタジオ行ったの!?」

「だって部屋じゃ音出せねーしぃ。家、マンションだし壁薄いし」

「違う違う、そうじゃなくて!もう4日連続じゃん!」

「やあ、たくさん練習したいじゃないですかぁ、灯夏せんせーに追いつかなきゃだし」

「頑張りすぎでしょ、もう……」

「まあ、でもうちだけじゃないし。凛子も保奈美もめっちゃ頑張ってるよ。バンドめーっちゃ大きくするんだーって!」


ピンポーン。


「あ、もしかして」


扉越しに聞こえてくるあたしを呼ぶ凛子の声。


「あはは、声でけえってーの。凛子」

「凛子ってことは、保奈美も来てるね」

「だね。んじゃ、スタジオ行こー」

「うん」


※※※


ざわざわと客席の話し声がステージに届いている。足元にあるノートPCで客席の様子が映し出されているが、それをみるに3割程がステージをみずに人と雑談をしていた。


おそらくさっきのリプラネットの話で盛り上がっているのだろう。好きなバンドのライブをみたら友達と語り合いたいものだ。


残りの7割もこちらに体は向けているが、携帯をいじっていたり惰性で帰らずに残ったのか、見てはいるがあまり期待しているようには見えない。


まあ、全員が全員そうではないけれど、全体的な客席の印象はそんな感じだった。



――ステージが暗くなる。



僕と灯夏さんが位置につき、空中へとドローンが飛ぶ。定位置につき浮いているそれにより、僕と灯夏さんはステージと客席を隔てている垂幕にセツナとミイロとして映し出される。


いや、今はまだシルエットのみ。


白い幕に2人の影だけが映る。


客席がどよめく。


「……え、なんだあれ」

「影だけ……?」

「なんか映すんじゃねえの?」

「故障とか?」


僕は空気を肺に取り込み、一声をあげた。


「みゃーあ」


猫の鳴き真似。


「え、猫!?」

「なんで?」

「びっくりした」


幕に僕の声を反映し黒い文字が書き起こされ始める。


「『やあ、みんな。今日も来たよ』そう僕がいうとどこからともなく、3匹の猫があらわれた。『おいおい、遅えぞ』三毛猫のミケは体を擦り付け、言葉の荒さとは裏腹に歓迎モード。『おいおい、ツンデレかよお前』とキジトラ柄がいう……」


僕はゆっくりと語りだす。聞きやすいように、耳馴染みのよい柔らかい声色で。


「え、なにこれ朗読?」

「いやライブしねえのか?」

「けど面白いな」

「4匹の猫の話か」

「猫真似上手かったな」


4匹の歌が好きな猫のお話。声色を使い分け、4匹それぞれを演じる。

それに客が気が付き始めた。


「……あれ、待って。これもしかして4匹一人で演じてる?」

「だよね!?一人でやってるよね、これ!」

「え、嘘?」

「じゃあ、これ……女と男の声一人でやってるの?」


その通り。僕は女だが、男声を数種類扱える。音域が広い僕の特技であり、


『でたあーーー!!』

『セツナの七色の声w』

『可愛いロリから可愛いショタまでもこなす女w』

『朗読で使うとかセンスあるな』

『やっぱセツナの少年声いいわ』

『クール系お兄様ボイスもよき』


ゲームシナリオを朗読する際にリスナーに披露し好評だった僕の武器。ちなみに今はしてないが、まだ妹が家に来て間もない頃打ち解けるためにこの特技で本を読んであげていた事がある。


「兄様ッ、ああ……っ!良い!ショタもロリも何もかもッ!最っっっ高ぅううッッ!!アーッ!!」

「秋穂さんっ!?お、落ち着いてくださいっ!」


PA席の秋穂と初歌のやりとりが一瞬頭を過ぎる。微かに叫びが聞こえた気がしてゾッと寒気がした。


「すげえな、これ……」

「いい声してるわ」

「なんかこれ聞いて眠れそう」

「猫ちゃんの話おもろ」

「ね、楽しい!」


笑いを織り交ぜた猫達の物語。歌が好きで寄り添う4匹のドタバタ青春劇を演じ進める。


ピアノの音が鳴り始める。ポーン、ポーンと雨のように。

主人公である黒猫が3匹の仲間から離れていくシーン。

居心地はいいけど、自分の好きな歌を求めて別の地へ行こうとしている彼を、3匹は悲しげにみている。


……そう、この4匹の猫の話はリプラネットを元にしたものだ。


「――黒猫は言いました。『みせたい景色があるんだ。大切な君たちに、僕の思い描く理想の歌を』」


ギターが鳴り、ベースとドラムが入る。ピアノが激しさを増し、一曲目がスタート。

垂幕に映し出されたセツナとミイロの姿。背景には夏の星空が映し出される。満天の空。キラキラと輝く星々が、幕をこえライブハウス全体に展開された。


「うわああああ!!?」

「すっご、なにこれ!」

「やばいやばいやばい!!」

「めっちゃ綺麗なんだけど!」


秋穂の開発したドローンの機能の一つ。ARモード。

ドローンを2機つかい会場全体を映像で彩る。

全部で6機になったドローンを操縦するために秋穂は今回ギターを弾くことを諦めた。


僕は歌い始める。彼女と、彼女らの物語……それを描いたタワワPの一曲、『夜路』を。


――黒猫のシルエットが星空の下を、走り出す。理想の歌を求めて、迷いながらこけながら傷つきながらも、前へ前へと。


疾走感あるメロディーに言葉数の多い歌詞。だが、垂幕に歌詞が表示され、初見の観客でも何をいってるか聞き取れず理解できないという状況を改善。聴くのが初めてという人にも理解できるように演出した。


熱が入っていく灯夏さんのギター。


「……灯夏……ギター弾いてる。練習、ベースだったのに……」


ぽつりと柚希が言った。


「……つか、なにあれ……」


唖然とした顔で凛子が言った。


「……練習と全然違うじゃん。あいつ、歌……やばい……」


保奈美の表情が暗くなる。


派手な演出。奇を衒う朗読劇。突発的に始まったそれらに普通であれば気を取られてしまう。しかし――


「♫――たくさん歩けば歩くほど、皆との想い出が煌めいて愛おしくて」


歌詞にマッチした演出と朗読が、曲へと結びつき観客を歌に惹きつける。

理想を求め仲間から離れる物語の主人公。しかし、1人になって、元々孤独だった自分を受け入れてくれた皆の優しさが恋しくなる。

でも、応援してくれたから。「頑張って」と背中を押されたから、主人公は理想を追い続ける――見せたい景色を見せるために。


セツナの柔らかく歌う優しい声色が詞を感情で彩っていく。激しいアップテンポな曲にもかかわらず聞きやすく、心に訴えかけてくるように伝わるのは、3人へと語りかけているから。どういう想いを誰に伝えるか、曲を深く理解し感情を向ける先がしっかり定まっているからだ――。


漠然とした誰かではなく、伝えたい誰かへ。


詞の中へ深く潜り込む。持ち前の異様な集中力で、深く深く。そして底に眠る彼女の散りばめられた想いを汲み取り歌で表現していく。


ミイロのギターソロが始まった――。


「……これ、うちの……」


その瞬間、柚希は気がついた。聞き覚えのあるそのギターソロは、あの夏の日自分が提案したメロディーだということに。


リプラネットで星の数ほど生み出された曲の原案。ほとんどのそれらは未完成のまま、完成する曲の方が少なかった。彼女があの日生み出したメロディーも、制作過程でどこかに消えた。

しかし、それは創作ではよくあること。たくさん作って出した案で使われるものはほんの僅か。


しかし、灯夏はしっかりと覚えていた。あの日、一度弾いただけの柚希のギターソロを、『夜路』で弾いていた。


そして、それは同じギタリストだからこそ通じるメッセージとして柚希へと伝わる。


『あたし、忘れてないよ』


「……」


言葉にはならずとも、音に乗せられ伝わる想い。繋がる気持ち。柚希の心に深く深く染みていく。


「……頑張ってって、言ったのに」


保奈美が涙を流す。リプラネットを抜けると言った灯夏。勇気を振り絞って、震える声で言った彼女の覚悟は相当なものだと3人は理解していた。


たがら、「頑張って」と言って送り出した。それがいつしか、寂しさからなのか苦しさからなのか、都合のいいように「きっと帰ってくる。自分達が上手くなれば」と灯夏の理想を解釈していった。


ただ、それを希望に信じ3人は努力した。今思えばかなり押しつけがましい事だった。

ステージ上の2人を観て、歌を聴いて、彼女の理想が何を指していたのかを目の当たりにし、自分達がズレていた事に気がつく。


そして、そのギターの音色にリプラネットをどれだけ大切にしていたのかも。感情を揺らす、『好き』が詰まった音。


『夜路』はリプラネットを抜けた後に灯夏がタワワPとしてネットにアップした曲。


リプラネットの3人は、実はこの曲を聴いたことが無かった。


灯夏がリプラネットを抜けた事実と1人で作った曲を受け入れられず、脱退から出していた曲は一つも聴いたことは無かった。


「頑張って」その言葉を信じ、灯夏は自分の曲を3人は聴いてくれると思い3人に対する気持ちを歌った曲をつくっていた……が、しかし、それはずっと届いてはいなかった。


――今日、この時までは。


「♫――暗い夜路でも、星明かりに照らされているから、走っていける」


星明かりとはつまり、リプラネットの星空。3人はあの日を想い視界を滲ませる。

すれ違った想いが、再びしっかりと繋がった。



『佐倉灯夏さん、だっけ?』

『……?、うん……あなたは、大槻さんだよね』

『そう。柚希でいいよ』

『わかったわ、柚希さん。それで、あたしになにか用?』

『なんかさあ、うちのツレが言ってたんだけど、灯夏さんギター弾けるんだって?こないだライブハウスで弾いてるのみたって』

『……ああ』

『ずっと1人で練習してたんだ?』

『……まあ、そうだけど』

『マジでカッコいいね』

『……え?』

『うちにも教えてよ、ギター』

『あたしが、大槻さんに……?』

『うん』

『暇がある時なら……』

『うん、それでいいよ!やったー!んじゃ、よろしくお願いします、せんせー!』

『は……え、先生……?』


繋がり、灯夏の作る曲にまた一つ彩がつく。


4人で見上げた満開の桜、風に吹かれて飛ばされた保奈美の帽子を笑いながら追いかけた。

雨上がり落ちる赤い陽に香る夏の匂い、それを映したような秋の木々、枯れ葉を踏みしめ歩く音。

雪道、滑って転んで折ってしまったギターネック。みんなで修理代を出してくれた、寒くて暖かかった冬。


巡る季節と記憶、そこに蘇る感情が溢れ出す――。


リプラネットと共に歩んだ沢山の日々が、灯夏のモノクロの心を彩っていた。


(……前世の記憶で苦しんでいたあたしを、皆が救ってくれた。だから、ちゃんとみせたい。あたしが求めた理想の音楽を――)


――あたし、もう後悔したくない。結人を失ったあの日みたいに……皆を失いたくない。


だから、やる。このライブで伝えるんだ。


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