第5話 文化祭の準備と、近づく距離

 秋風が教室を吹き抜ける。

 学校は文化祭の準備でざわざわしていた。クラスごとの出し物や装飾の話し合い、ポスター作りに忙しく、放課後の教室はいつもよりにぎやかだ。


 私は友達と一緒に、クラスの出し物のポスターを描いていた。

 ふと視線を上げると、窓際の席に瀬戸悠真が座っていた。

 いつも通り、無表情で黙々とノートに何かを書いている。


 でも、今日は少し違った。

 彼の目が、ちらりと私の方を向いたのを私は見逃さなかった。



「……藤咲」


 その声に、胸が跳ねる。


「な、なに?」


「その……手伝ってほしい」


 クラスの出し物で、装飾のアイデアをまとめているらしい。

 彼は淡々とした声で言ったけれど、いつもより少しだけ不器用そうに見える。


 私は小さく息を吐き、立ち上がった。

 彼の隣に座ると、自然と肩が触れそうになる距離。

 それだけで胸が熱くなる。



 二人で紙を切り、貼り付け、色を選ぶ。

 黙々と作業しているだけなのに、視線が何度も交わる。

 言葉を交わさなくても、二人の間に心の通じ合いを感じる瞬間がある。


「……藤咲は、こういうの得意だな」

 短く言っただけなのに、頬が熱くなる。


「え、えっと……ありがとう」


 彼はまた黙って作業に戻る。

 でも、その背中の近さに、胸がドキドキして仕方がない。



 作業がひと段落すると、教室の窓から夕陽が差し込む。

 オレンジ色の光が二人の机を照らし、空気が柔らかくなる。


「……藤咲」


「な、なに?」


「……明日も、手伝ってくれるか」


 淡々とした声。だけど、わずかに迷いがあるのを私は感じた。

 胸が高鳴って、思わず頷く。


「うん! もちろん!」


 その瞬間、彼の目がほんの少しだけ柔らかくなった気がした。



 次の日。放課後の教室。

 紙や絵の具で散らかった机に座り、二人でポスターを仕上げる。

 作業中、何度も肩や腕が触れ合う。


 私は思わず息を止める。

 心臓が暴れそうになるけれど、彼はいつも通り無表情。

 それでも、その距離感がたまらなく心地よい。


「……藤咲」


「はい?」


「ありがとう。手伝ってくれて」


 わずかに笑みを浮かべたその横顔に、胸がいっぱいになる。


 ──言いたい。

 でも、まだ言えない。


 だから私は、心の中でだけ、何度も繰り返す。


 好き。

 好き。

 好き。


 言えないけれど、確かに伝わっている気がする。

 そして、この距離が少しずつ、確実に縮まっていることも。



 文化祭当日。

 教室の前には、完成したポスターと装飾が飾られていた。

 二人で準備した時間が思い出され、自然と笑みがこぼれる。


「……藤咲、いい出来だな」


「ありがとう、悠真くんも頑張ったもんね」


 互いに微笑む瞬間、私の胸は熱くなる。

 伝えたい気持ちが、日に日に大きくなるけれど。


 ──それでもまだ、言えない。

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