第20話 チャリ

「やっちまった……」


 雪子を家まで送り、自宅に帰って来た俺は頭を抱えていた。

 ドラッグストアにチャリを置き忘れてしまったのだ。

 何か忘れてる気がしてたんだよな。

 結局トリートメントも買えてないしな。


 時計を見ると既に午後の一時。

 雪子を迎えに行くのは夕方の五時だ。

 まだ少し時間があるな……。


「ハァハァ、待ってろよトリートメントとチャリ!」


 俺は気が付けば家を飛び出して走っていた。

 目指すのはドラッグストア。

 トリートメントを購入して、チャリを回収する。

 簡単な事だ。


「あら、こんな所で会うなんて奇遇ね」


 またこのパターンかよ。

 ドラッグストアに来たらまた知った顔と出会ってしまう。

 今度は白槻。

 昨日俺が撃退した薄毛に厳しい変態女だ。

 今はこいつの相手をしている暇はない。


「あっ、ちょっと待ちなさいよ! 何で無視するのよ」


 白槻を無視して男性用コーナーへと向かう。

 ギャルみたいに俺の頭髪にポジティブな意見を言う気配もないしな。

 

 白槻を置き去りにして男性用コーナーにやってきた。

 ただいま、俺のトリートメント達。

 さっきはギャルに邪魔されたからな。

 これでようやくだ。

 ゆっくりとトリートメントを選べる。

 

「やっぱり気にしているのね」


 白槻が隣りで俺の持つトリートメントを凝視している。

 こいつ、いつの間に。

 トリートメントに集中し過ぎたか。

 まあいい、好き勝手言うがいいさ。

 俺はもうブレない。


 ギャルもそうだが、相手をしてしまうから駄目なのだ。

 相手にしなければいい。

 そうすりゃ勝手に帰るだろう。

 正解は沈黙だ。


「キミの髪質ならこっちの方が良いんじゃない?」

「ん、そうか?」


 白槻が渡してきたボトルを受け取ると説明文を読む。

 なるほど、悪くない。

 こいつ薄毛戦士の帽子を狙うだけあって悪くないセンスだ。

 

 ってそうじゃないだろ!

 白槻の顔を見るとニヤリと口を歪めている。

 まるで「私の事を無視するんじゃなかったの?」とでも言いたげな表情だ。

 くそっ。

 嵌められた。

 無視を決め込むつもりが、うっかり構ってしまった。

 だが、このボトルに書かれた説明文は凄く魅力的だ。


「ふん、今回はお前の勝ちという事にしといてやる」

「あ、ちょっ! 待ちなさい!」


 俺は白槻の選んだボトルを持ったまま会計へと向かう。

 一度構ってしまったが、これ以上白槻と関わる訳にはいかない。

 さっきのギャルの時みたいになったら困るからな。

 暑くて汗だくだし、さっさと帰ってシャワーを浴びよう。

 

 会計を済ませ、チャリを回収する。

 チャリの籠には戦利品であるトリートメント。

 ふふ、早くこいつを試してみたいぜ。

 俺の毛髪に一体どんな作用を及ぼしてくれるのか。

 今からワクワクが止まらねえ。



「それで、お前はいつまでついて来るんだ?」


 俺の隣にはチャリで並走してくる白槻の姿がある。

 無視し続けた結果がこれ。

 何が目的か知らんがずっと俺について来る。

 しかも、もうすぐ俺の家に着いちまう。


 いや流石に俺もただ黙ってついて来させた訳じゃない。

 速度を上げて振り切って逃げようとしたんだけど。

 白槻、こいつロードバイクに乗ってんだよね。

 一方俺はママチャリ。


 俺が立ち漕ぎで必死にスピードを出しても、涼しい顔して平然と隣を走ってくる。

 なら、速度を落としてやれとゆーっくり走るとこれもついて来る。

 カシャンカシャンってギアを軽快に切り替えて対応してきやがる。

 

 逃げられない。

 そう思った俺はもう諦める事にした。


 家がもうすぐそこまで見えてきた時。

 俺は自転車を下りて、押しながら歩いていた。

 隣りにいる白槻も同じようにロードバイクを押して歩いている。


 少しでも時間を稼ぎたい。

 そのための行動だったが、解決策が思い浮かばない。

 前回のように服を脱げば追い払うのは容易だろう。

 だが、ここは路上。

 それは出来ない。


「なあ、そろそろ家に着いちゃうんだけど」

「あらそう」


 あらそう、じゃねえよ。

 涼しい顔して言いやがって。

 しかし困った。

 俺の家の隣には雪子の家がある。

 つまり、このエリアは雪子と遭遇する可能性が高い。

 

「ワタル、何してるの?」


 うん、会うと思った。

 雪子が俺達の前に現れた。


 またギャルの時みたいに勘違いされてしまう。

 なんて俺は不甲斐ないんだ。

 思わず顔を顰めてしまう。


「雪子、これは……」

「いい」


 雪子が冷たく言い放つ。

 ギャルの時と同じだ。

 また雪子は勘違いして気を使って消えようとするだろう。

 くそっ!


「ワタルは先に帰ってて」

「え?」


「この女は私が始末する」

「雪子さん?」


「早く」

「ああ、わっかった!」


「あら、私を『始末する』ですって? 面白い事を言うわね」


 まるで背後に黒いオーラを漂わせているような白槻が邪悪な笑みを浮かべる。

 迎え撃つのは背後にこけしのオーラを漂わせる雪子。

 俺の想像していた状況と全く違う光景が目の前で繰り広げられている。


 怖い。

 素直にそう思ってしまった。

 これからこの二人の間に何が起こってしまうのか。

 

 とても気になるが、雪子に先に帰っててと言われている。

 従うしかない。

 俺が今すべきなのは家に帰り、シャワーを浴びて花火に備える事だ。


 チラリと自転車の籠に目をやるとトリートメントが微笑んでいる気がした。

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