第14話 帽子の中の秘密
夏休みに入り、本格的に俺のバイト生活が始まった。
俺のバイト先であるムーケー宅配は何でも配達する。
営業所にある雑貨を配達する時もあれば、飲食店の料理を運ぶ時もある。
そして運ぶ時はチャリ。
季節は夏。
「くっそ、汗が止まらねぇ」
自転車を漕いでも漕がなくても、次から次に汗が噴き出てくる。
そうなってくると気になるのが髪の毛だ。
帽子を脱ぐと汗で蒸れてぽわぽわになった髪の毛が頭皮に張り付いている。
ボリュームが無くなり、ぺったんこになった髪。
最悪な頭髪状況である。
今の姿を雪子に見られたりしたらマジで終わるが今はバイト中。
配達で移動し続けてるし家からも遠いから大丈夫なはず。
それにこの暑さだ。
今頃、雪子は家で涼みながらこけしプレイでもしてるだろう。
「お疲れーっす」
「あ、早乙女くんお疲れ様、はいこれ」
休憩時間に営業所に戻ると、バイトの先輩の白槻さんが冷えた飲み物をくれる。
白槻さんは黒髪ポニーテールの大学一年生だ。
綺麗系で普通にモテそうな感じだ。
後から休憩に戻って来た男達も同様に飲み物を貰ってデレデレしている。
まあ、雪子一筋の俺にとってはどうでもいい事だ。
それよりも髪の毛が気になる。
トイレの鏡を使い、入念にチェックする。
「光の当たり方次第だが、まあ大丈夫か……」
夏は暑さもそうだが、日差しが強くて長い。
薄毛戦士にとって悪夢のような季節だ。
本当は家に籠っていたいが、俺には目的があるからな。
それに、バイト中は制服の帽子を被れるから何とか戦える。
帰り道だけ雪子に遭遇しないように気を付ければ大丈夫だ。
トイレから出ると、休憩室で談笑しているバイト達が目に入る。
夏休みの時期だからか若い奴らばかりで騒がしい。
聞く耳を立てるまでもなく、嫌でも奴らの会話が聞こえてくる。
「ねえ、早乙女君が帽子取ったとこ見た事ある?」
「ないない、何かあの子いつも帽子被ってるよね~(笑)」
「休憩室でもずっと被ってるし、まさか……」
「まだ高校生だろ? そんな事あるわけないって」
「白槻さんはどう思う~?」
「えっ、私は別に何とも思わないけど」
「え~つまらないなぁ~! じゃあ、あーしがちょっくら早乙女っちの帽子脱がして来ちゃおうかなぁ!」
「えーマジで! 駄目だろそれは!」
「平気平気! あ、ちょうど居るじゃん!」
やべえな。
騒がしいと思ったらこいつら俺の頭髪の事で盛り上がっていたのか。
しかし、俺の帽子を脱がす……か。
面倒な事になったな。
正直こいつらとはこのバイトが終わったら一生関わらないだろうから、帽子を脱いでどう思われても良いが、薄毛ネタでいじられたらブチキレてしまいそうだ。
その辺の空気は読めないからな。
喧嘩してバイトをクビになるのは勘弁だ。
「早乙女っち~! 隙ありッ!」
「おっと」
休憩室で話していたギャルが俺の背後から帽子を取ろうとしてきたが回避した。
マジで俺の帽子を脱がしに来るとは思わなかったぞ。
「何で避けれるの! 後ろから狙ったのに!」
俺に避けられ狼狽えるギャル。
こいつは薄毛戦士の事を舐め過ぎだ。
髪が薄くなってくると背後の視線に敏感になる。
今のギャルの動きだが、俺には手に取るように分かった。
薄毛によって鍛えられる第六感とも呼べる感覚。
気が付けば休憩室の奴らが俺とギャルのやり取りを凝視していた。
ふん、暇人共め。
まあいい、とりあえずは目の前のギャルだ。
「俺に何か用ですか?」
「えっ⁉ え~と、その……えいっ!」
俺に問われて目を泳がせるギャルだったが、次の瞬間、性懲りもなく正面から俺の帽子を剥ぎ取ろうとしてきた。
背後から狙って駄目だったのに、正面からいけるはずないだろうが。
ギャルの腕を掴んで阻止する。
「キャッ! これも駄目なの!」
「一体、何がしたいんですか」
いや、何がしたいのかは知ってるけどね。
一応、知らない振りをしとかないと。
しかし、この状況どうしたものか。
ギャルは……まだやる気のようだ。
目がギンギンになっている。
ってか休憩時間終わってるだろ、どうすんだよこれ。
「休憩時間は終わりだよ、さあ仕事に戻って」
膠着状態を破ったのは薄井さんの言葉だった。
流石に社員である薄井さんにはギャルも逆らえない。
渋々といった様子で仕事に戻っていく。
ありがとう薄井さん。
おかげで俺の帽子の中の秘密は守れたよ。
俺の心中を察したのか微笑みながら薄井さんが近づいて来る。
だが、その目は歴戦の薄毛戦士のものだ。
「油断してはいけないよ、君の帽子を狙ってる奴はまだいる」
「なっ⁉」
「帽子を守り切る。全ての薄毛戦士が通ってきた道だ、君には期待しているからね」
そう言うと爽やかな笑顔を浮かべ、薄井さんが去って行く。
俺の薄毛戦士としての戦いが始まろうとしていた。
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