The Sun is guiltiest bitch for me!(2)
修学旅行二日目の日程、それは。
ホテルのプライベートビーチで遊び惚けるというシンプルなもの。
だが私は今、自分の部屋に籠っていた。
日野さんは気を遣ってぼっちの私に絡んでくれる。
それ自体はとても嬉しいことだけど、それでは彼女が純粋に楽しめないと思って距離を置くことに決めた。
あとテンションに慣れないってことも、ちょっとだけある。
だから私は班のみんなの誘いを適当にいなした。
「……」
ふと窓の外に視線を移す。
遠くから明るい男女の声が聞こえてくる。
それが静謐な読書の時間に差し障った。
若干、後ろ髪を引かれるけれど。
パーカーの下に水着を仕込んでいるけれど。
これでいいんだ。
日野さんの優しさに甘えるべきじゃない。
そう思っていたとき。
ガチャッ!
突然、勢いよく部屋のドアが開いた。
「⁉」
びっくりして振り向くと。
ビキニ姿の日野さんが立っていた。
「え⁉」
彼女は無言のまま近づいてきて。
私の間近に海水滴る顔をぐいっと寄せた。
「小夜っちやっぱりここにいた! なんで本読んでんの? お腹痛いん?」
私は言葉を失くした。
日野さん、やっば……!
ちんちくりんな私とは大違い。
まるで同い年とは思えないような色気に目がチカチカする。
困惑しながら小さく頭を振った。
「い、いや。違うけど……」
まさか本人に言えるわけがない。
日野さんと距離を取ることにした、なんて。
無意識に俯いてしまう。
頭の上に日野さんの声がのしかかった。
「もぉ小夜っち! 沖縄まで来て下向くヤツなんておらんよ⁉」
彼女は私の両手から本を奪い取った。
ベッドの上に放り投げ、そのまま両手を握られる。
「なんなの⁉ 小夜っち今日ヘンだよ!」
ドキリ。
陽キャギャルは人の機微にも敏感なのだろうか。
頬を膨らませた日野さんに詰め寄られる。
私はハハハと笑って目線を逸らした。
「そんなことないと思うけど……」
「いやヘン! あーしが言うんだから間違いねーし!」
彼女は逃げる私の目線を追いかけた。
どこに行っても先回りし、まるで私を放そうとしない。
これは無理かな……。
打ち明けるしか道はなさそう。
観念した私は、思っていることを吐き出した。
「私がいたんじゃ日野さん、純粋に楽しめないんじゃないかって……」
いつも笑顔の日野さんの瞳からコントラストが消える。
「……は?」
私は彼女から目を逸らした。
そのままぶちまける。
「私ってクラスの沖縄組の中で浮いてたでしょ? 別に輝く太陽が似合うってキャラでもないしさ……。そんな私に声を掛けてくれたの、日野さんだけだもん。嬉しかったけど、日野さんの優しさに甘えるのもなんか違うかな、って」
あーあ、言っちゃった。
日野さんを避けてるって。
私なんかがおこがましいことこの上ない。
せっかくの厚意を無下にして、旅先で面倒臭いことを言う子。
日野さんに悪い印象を抱かれちゃうかな。
クラスでも浮いちゃうかな。
身の振り方、どうしてこうかな。
ある種、達観していた私だったけど。
日野さんの反応は、想像とは異なるものだった。
「はああああ⁉」
ここ一番、日野さんの大声。
耳元でキーンと響く。
「もしかして、あーしが気ぃ遣って小夜っちに絡んでるって言いたいの⁉」
「え、違うの?」
キョトンと首を傾げる私。
日野さんはブンブンと大げさに首を振った。
「ちげーよ! みんなでデッカイ思い出作りたいだけだし、小夜っちとも仲良くなりたいだけなんだよ! 逆に小夜っちがあーしに気を遣ってるじゃん。それはイヤ!」
次の瞬間。
日野さんは私のパーカーに手を伸ばした。
ギュッと裾を握られる。
「え」
「小夜っち、脱げ」
「え⁉」
日野さんに覆いかぶされた。
「な、なんでこの流れでそうなるの⁉」
「うるせぇ! あーしが脱げって言ったら脱げ!」
「わあ! セクハラだー!」
「同じ女だろーが!」
攻防が繰り広げられる。
こうなったら華奢な私には分が悪い。
しかも日野さんの細い体のどこに筋肉があるのか、まるで太刀打ちできない。
必死の抵抗むなしく、私の身ぐるみが剥がされる。
日野さんは目を見開いた。
「……おい。めちゃかわな水着着てんじゃん。なんであーしに見せないわけ?」
その様は凝視よりも凝視。
日野さんの視線に耐えられず、私はきゅっと体を縮めた。
「いや、これは親が張り切って買ったもので。日野さんに見せるためのものじゃ……」
半分嘘、半分本当。
親との買い物で見つけた水着。
日野さん、なんて言ってくれるかな……。
ちょっとだけ期待したけど。
「小夜っち」
「は、はいっ」
日野さんはまたしても私の両手を握った。
これで何度目⁉
しかし、真剣な目つきの日野さんは初めてだった。
「あーしのこと、陽祈って呼べ」
「え⁉ なんで⁉」
「呼ばなきゃ手ぇ離してやらない!」
「えぇ……」
なにゆえ。
この子いつも唐突なんだよ。
まあ、それも日野さんの良いところだけど。
私は渋々彼女に従った。
……少しだけ遠慮を見せて。
「は、陽祈、ちゃん……?」
私が彼女を名前で呼んだ途端。
陽祈ちゃんはにぱーっと顔を綻ばせた。
握る手に力が込められる。
「話と違うじゃん!」
「気が変わった!」
思い切り引っ張られる。
私が勢いに負けて立ち上がったのも束の間、陽祈ちゃんは駆けだした。
「あーしがしたいからしてるだけだもん!」
部屋から飛び出す。
客室の廊下。
転げるように階段を下り。
ロビーを駆け抜けて。
エントランスを開け放つ。
「小夜っちもう待ちきれないだろー⁉」
眼前にはプライベートビーチ。
すぐそばには陽祈ちゃんの笑顔。
私も思わず笑顔を零していた。
「うんっ」
ああ。
こんな世界があるなんて。
こんな世界に私を引きずり込むなんて。
「誰にも、何にも、遠慮する必要なんかないっしょ! あーしら華のJKだしっ☆」
相容れない存在だと思っていたギャル。
日野陽祈。
でもこの輝きは平等であり、特別だ。
まるで太陽のように。
じくじくと疼く私の熱い肌。
これは日焼け止めを塗り忘れたせいか。
それとも陽祈ちゃんへのときめきによるものか。
「……もう」
ふと、ホテルに向かうバスで流れていた曲のタイトルを思い出す。
私は呟いた。
「ほんっと、太陽って罪なヤツ」
完
海のさざ波、夜空の星々 ~百合の色香を導き照らす~ 五目だいや @moka-mococchi
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