1分で読める物語【1分で読める創作小説2025】(1,000文字小説)
セツナ
「君と僕の名前」
僕は彼女の書く文字が好きだった。
授業で先生が言ったことを取りこぼすことなく、要点だけを上手にすくい上げてまとめられていくノート。
名簿に記される名前。
日誌に書かれるなんでもない報告の文字すら、彼女が書くととても美しい。
僕にとって彼女の名前と文字は、とても尊いものだった。
僕らの名前が黒板に並ぶ日。日直を一緒に担当する確率はクラスの男女比的にとても稀で、年に2回あればいい方だった。
2年間彼女と同じクラスにいた僕だったが、これまで5回だけしか一緒に日直になったことはない。
中学三年の夏休み直前の金曜日。僕らは6回目の日直担当の1日を過ごしていた。
特に必要以上の会話は交わせず、一日の最後。気が付いたら放課後になってしまい、日誌を書く時間になってしまった。
どっちが書くか、って話になった時に
「藍川さんが書いてよ」
と言ってしまった。彼女は肩をすくめて「いいよ」と答えた。
けれどすぐに目を伏せた。
「渡辺くんはあまり日直好きじゃない?」
僕はその言葉が意外で「そんなことないよ」と否定をした。
「私のこと避けてる気がして」
彼女は寂しそうに言った。
僕にとって彼女は高嶺の花だったから、無意識に距離を取ってしまったのかもしれない。
「そんなことない」
慌てて言う。そんなことない。嫌いなわけない。
「藍川さんの」
だからつい、余計な言葉が口をついて出る。
「字が、綺麗だから」
ずっとずっと思っていたこと。
彼女は驚いた顔でこちらを見て、そして「そうなの?」と笑った。
「渡辺くんも字、綺麗じゃない」
と、日誌の先頭に書かれた僕と彼女の名前を指差す。
そこには僕が人生で1番書き慣れた名前と、僕がこの2年半でずっと見つめ続けてきた名前が並んでいる。
そんな事、死んでも言えないから「そんな事ないよ」と誤魔化すことしか出来なかった。
彼女は「そうかなぁ」と頭を傾げて、そして笑った。
「渡辺くんの字、私好きだけどな」
一瞬で、僕の心に風が吹き抜けたような気持ちになった。だから、僕も彼女に対して素直に伝えられた。
「僕も、藍川さんの文字が大好きだよ」
日誌には相変わらず僕らの文字が並んでいて、それがとてつもなく大切なもののように、僕には輝いて見えた。
-END-
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