暗殺者のパスタ 2

「えいっ!」


 自分の不甲斐なさによる怒りと羞恥の心を込め、私は両手に握ったスパゲッティーニを勢い良く振り下ろすと同時に右膝で勢い良く蹴り上げて圧し折った。

 きっと今の私の顔は真っ赤に染まっている事だろう。



「今、他のサイトや料理動画なんか軽く漁って調べてみたんやけど暗殺者のパスタ作る時は、かなーり大きめの鉄鍋使うのがオススメらしいで」


「そういう事はもっと早く言って下さいよ」


「あと美味しく仕上げるコツは……クフッ。パスタを決して折らない事。やって。フフフッ」


「だからっ! そういう事はもっと早く言って下さいってば!!」



 あまりの恥ずかしさに声が大きくなってしまったが、リブさんは相変わらず微笑ましいような悪戯気なような、何とも言えない笑みを浮かべながら私の頭を撫でくり回してる。


 15歳の男子平均身長からは激しく劣っている私と、モデル顔負けの高身長であるリブさんとの身長差は著しい。

 まるで小さい子供をあやすかのようにして見下ろしながら撫でられるのは、どうにも心がむず痒くて恥じらいが募るばかりだ。


 きっと今の私の顔はフライパンでグツグツと煮立っているトマトペーストのように真っ赤なのだろう。



「まあ、別にええやん。前にも言うたけどウチはパスタが折れてようが気にせぇへんし。そもそも前に納豆パスタを御馳走してくれた時も、普通にスパゲッティーニをポッキリ折ってたやないか?」


「和風パスタを箸で食べる場合はパスタを短く折った方が掴みやすいので、敢えて折っているんですよ。今回みたいに始めて作るパスタなら、なおのこと基本に忠実に作りたかったのに……」


「気にしぃやなぁ、バンビちゃん。そんなしょんぼり眉になっちゃって……ハァン。そう言うところも可愛いくて堪らんわぁ」


「前々から思っていましたが男子に向かって可愛いという言葉は褒め言葉では無くて侮辱の類ですからね!!」



 頭を撫でるだけでは飽き足らず、私の髪の毛を掻き混ぜるようにクシャクシャにしたり、頬をツンツンと突ついてくるリブさんの手を振り払いながら私は叫ぶ。

 私だって好きでこんなに身長が低いわけでも無い。まるで女の子の様だと散々に揶揄われてきた顔だってコンプレックスなのに。



「え〜ウチは好きやのに。可愛いは正義やで? そこらの女の子より整ったお顔も。垂れ目がちな大きな瞳も。ちょこんと尖った小さなお鼻も。柔らかそうな唇に、プニプニほっぺも最高やん。何よりこの抱きしめたくなる絶妙なサイズ感が絶妙なんよ。ああ、もう辛抱堪らんわぁ」


「むぐっ!? り、りぶさん胸っ!? 胸当たってますから!!」


「クフフッ。当ててんやから気にせんといてー」



 からかいの延長なのか、それとも私を慰める為なのか。いや、多分きっとリブさん自身の欲望に忠実に従った結果なのだろう。

 前触れなくリブさんに抱き締められたせいで私の顔は彼女の胸元にすっぽりと埋もれてしまった。



「うーん。暖かくていい匂いして、このフィット感が妙に落ち着くなぁ。抱き枕に持って帰りたくなるわ」


「ほ、本気で離れて下さいよ!! 僕だって男なんですから!!」


 

 柔らかい感触が顔いっぱいに密着してるし、何だか甘くて良い匂いがするし。それに何より、とにかく恥ずかしくて涙が出そうになる。

 己を律する為に、あえて変えていた一人称が乱れてしまう程に私はパニックを起こしていた。


 酔っ払いモードの時のセクハラじみたスキンシップだけでも、内心ではドギマギしているというのに。

 こうも真っすぐに親愛の気持ちを行動で表されてしまうと、私はもう、一体どうすればいいのか。本当に分からない。



「むぎゅっ……あの、リブさん本当に離れてぇ……お願い、恥ずかしいからぁ」


「ええやんええやん。役得やと思ってお姉さんのおっぱいをしっかり堪能しときや」


「うっ、うぅ……」



 湯気が出そうな程に顔が熱くなっているのが分かる。

 私の顔を挟み込んだ大きな母性の柔らかな

感触。

 花蜜とミルクを混ぜ合わせたような美しい女性特有の本能を擽る蕩けそうな香り。

 ドクドクと爆発しそうなぐらいに脈打つのが分かる私自身の鼓動。


 そこに混じるグツグツと何かが茹だるような音。それから何故か鼻につく焦げ臭さ……。


 ……。


 ……。


 ……え? 焦げ臭さ!?



「ちょっ!? リブさん本気で離れて!! ソース焦げちゃう!!」


「えぇ~もうちょいイチャイチャしてくれてもええやん。せっかく久々にバンビちゃんが照れ顔見せつつデレてくれたところやし〜」


「やかましい!! いいから早く離しなさい!!」


「あぁん。ホンマいけずやわ〜」



 私はやっとの思いで本能に忠実過ぎる20歳児を振り払うと慌ててフライパンの様子を確認する。

 多少焦げ付いてはいたものの、まだまだリカバリーが可能な許容範囲のようだ。幸いな事に今から作る料理は麺を『焦げつかせる』工程が特徴の暗殺者のパスタなのだ。

 この程度の焦げつきならば、多少水を加えてフライパンの底をさらう様にして掻き混ぜつつ火加減を調節すれば問題は無さそうだ。


 

「はぁ、良かった……と言うかリブさん!! 流された私も悪いですけどキッチンで余所事してると大事故に繋がるんですからふざけないで下さい!!」


「は〜い。反省してまーす」



 果たして本当に反省したんだか、してないんだか分からない気の抜けた返事をする彼女を尻目に。私はエプロンの紐をギュッと再び結び直してお料理モードに切り替える。


 ここからが調理の本番だ。



「さて、と。余分な水分を飛ばしたフライパンに先ほど半分に割ったパスタを投入します。火加減は弱めのままにじっくりと麺を焼き付けるイメージで火を通していきます。麺は極力弄らずに全体を均一に揚げ焼きしていきます」


「パスタを揚げ焼き……マンマが見たらこれまたぶちギレそうやな」


「立派なイタリア料理の筈なんですけどね、このパスタも」



 暗殺者のパスタが一躍有名になった理由の一つが、乾麺をフライパンで直に焼くこの工程だろう。

 火加減は弱めのまま、片面3分を目安に焼き上げる。とは言え、麺の太さやフライパンの大きさ等で火入れの条件は変わってしまうのであくまでも目安。

 うっかり放置して黒焦げの炭料理を作らないように注意が必要だ。


 因みにこの暗殺者のパスタはイタリア南部の地方都市である、バーリという地で産まれた立派なイタリアンである。



「おぉ、バッチバチと景気の良い音が鳴っとるなぁ」


「フライパンの中は旨味が凝縮したトマトペーストと香り豊かなオイルのみで満たされてますからね。いつも以上に油跳ねに注意です」



 まるで火鉢が弾けるような音と共にあちこちに真っ赤なソースが油と共に弾けてはあちこちに跳ね回っる。

 既に私のエプロンには真っ先な油染みがいくつか出来てしまっている程。



「うわぁ……辺り一面に真っ赤な油が飛び散っとる。こりゃ掃除が大変やね」


「調理の時間よりもキッチンの後始末の方が時間かかりそうですね……熱っ!? 油が跳ねた!!」



 これは想像以上にじゃじゃ馬なレシピなようだ。



「んなっ、バンビちゃん大丈夫かいな!? 火傷したら大変やから今ウチが傷口をペロペロと舐めながら消毒して……って熱っちゃああぁ!! ウチにも飛んで来た!?」


「こんな時までセクハラしようとしないで下さいよ……って熱いっ!? 今度は首筋にぃっ!?」


「熱いっ!! これホンマに熱いっ!! こんなん、どないせいっちゃうんや!?」


「と、とりあえず一旦火を止めて……木ベラを使って一気に焼けたパスタをひっくり返します!!」



 四方八方に真っ赤な油を弾き飛ばすフライパンの中はまるで活火山。灼熱の火山弾に怯えつつも、どうにか火を止める事に成功した私は木ベラを構えて一気にフライパンの底を掬い上げる。

 ガレットやホットケーキをひっくり返すようなイメージでクルリと一回転したパスタの塊は、綺麗に宙返りを描いた。



「熱っちゃあああああ!! 何で狙いすましたかのようにウチの方だけに油が飛んでくるんやあああぁぁぁ!!!!」



 真っ赤な油の海に再びダイブしたパスタの塊の勢いもあって再びフライパンの中で大噴火を起こしたりもしたが、どうにか(少なくとも私は)無事に焦げ目をつける事に成功した。


 なんだか無駄に疲れた気がするが、まだまだ調理は途中なのである。

 中途半端なタイミングで止めてしまった火を再び点火し、今の内にボウルに作っておいたトマト出汁をオタマで掬い取る。



「気を取り直して、ひっくり返したパスタに焦げ目がついた事を確認します……うん、いい塩梅ですね。ここから再び焼き色がつくまで弱火で揚げ焼きにしていきます。本来なら再び片面3分を目安にして焼いていくのですが」



 背後で「目がああっ!! 目があああぁっ!!」と騒ぎ立てているリブさんの様子を見るに、これ以上の油跳ねは流石に怖い。

 最初から蓋をして、焼き時間を2分少々に短くしておく事にした。

 ちなみにリブさんは何故か目では無く肩を胸元を抑えていたので失明の危険は無さそうだ。ネタ台詞を言ってみたかっただけの様である。

 内心でヒヤッとした私の心配を返して欲しい。



「で、某大佐のモノマネをしているリブさんは大丈夫ですか? さっきから割と煩いのでそろそろ静かにして欲しいのですけど」


「何やバンビちゃんは冷たいなぁ。ウチはあまりの熱さに死ぬかと思ったっちゅうのに」


「関西の人ってなんで直ぐに死ぬかと思った。って言うんですかね?」



 先程まで私を散々からかっていた時の様子は何処へやら。

 女神のような美貌を台無しにする勢いでリブさんは顔をクシャクシャにしてげんなりした様子を見せていた。目は無事でも跳ね跳んだ油のダメージ自体はあったらしい。

 実写CG映画のピカチュウ並にシワシワの顔になってしまったリブさんに氷を用意して応急措置しつつ、私は思わず愚痴ってしまう。



「それにしても、まさかここまで油が跳ねる料理だとは思いませんでしたよ。下手な揚げ物よりも危険ですよね、これ」


「暗殺者のパスタ。って作り手をぶっ殺すって意味の名付けだったりせんやろうか」


「流石にそれは無いと思いますけど……いや、でもこの惨状を見るとあながち間違いとは言えないかも」



 げんなりした様子で胸元に氷を当てるリブさんの冗談に苦笑いで返答したものの、辺りを見渡せば流石に私の口元も引き攣ってくるというものだ。


 何故ならキッチン一面に弾け飛んだ油の色は、トマトと唐辛子の赤に焦げ目の黒が混ざりあい、正に血液の色そのもの。

 そんな物騒な色の液体が辺り一面に飛び散っているのだから、確かにこれは一見したら凶行が発生した修羅場と見間違えるかも知れない。



「改めて周りを見ると、こりゃどっからどう見ても殺人現場やで? 辺り一面に血が飛びってるところから見て被害者は失血死一択やね」


「暗殺者のパスタの名前って本当にこの惨状から由来したものだったんですかね?」


「さあ? まあ、取り敢えずパスタが焼き上がる前に軽く掃除しとかん?」


「ですね。油汚れって時間経っちゃうと落ち辛いですし」



 互いの顔を見合って溜息一つ。3分にセットしたタイマーが鳴るまで、二人してせっせとキッチンの拭き掃除に励む事となったのでしあ。


 そして3分が経過。



「油跳ねが怖いので再び火を止めてから蓋を取る。その後、もう一度ひっくり返して焦げ目がついてるかを確認します」


「何か、アレやな。材料は悲しくなるほど少ないくせして、やけに手間のかかる料理なんやな、このパスタ」


「慣れればきっとスムーズに作れるんでしょうが……取り敢えず、もしも次回があったら油跳ね対策は必要ですね」


「それは必須やな。百均で油跳ね防止用のネットを買うとかなアカンな」



 そんな軽口を叩いている間に再びパスタの塊をクルリとひっくり返す。かた焼きそばのような焦げ茶色が麺いっぱいに広がっており、ところどころ赤黒い焦げ目も見えている。

 揚げ焼きした麺はクリスピーのようにカリカリとしており、果たして本当に自分がパスタ料理を作っているのか分からなくなってしまう程に衝撃的な光景でもあった。



「ではここで再び火を入れます。今までは麺に焦げ目をつける事をメインにしていましたが、いよいよ此処からパスタを煮立てて食べられる状態に仕上げていきます」


「まあ、流石にこのカリカリ状態じゃ美味しくは頂けなさそうやしな」


「というわけで最初の内に別皿で作っておいたトマト出汁を少量ずつフライパンに注ぎ入れます。火加減は中火よりで、ゆっくりとパリパリ状態のパスタに出汁を吸わせて柔らかくしていきます」



 揚げ焼きしていた時は極力パスタに触れないようにしていたのだが、今回は固まった麺をほぐすイメージでフライパンの中を掻き混ぜながら煮詰めていく。

 水分が蒸発してきたら再びトマト出汁を加えて、また掻き混ぜながら煮詰める。そしてまた水分が少なくなってきたら再び出汁を加えて煮詰める。


 この繰り返しだ。



「まだちょっと固いかな……うーん茹で時間ならぬ煮込み時間が分かりにくいな、このパスタ料理は」


「揚げ焼きしたり煮込んだり色々忙しいなぁ。素直に同じ材料でアラビアータでも作っといた方が早かったんとちゃう?」



 アラビアータとはトマトソースに唐辛子を強めに効かせた辛さが特徴のパスタ料理だ。今作っている暗殺者のパスタと殆ど同じ材料で手軽に作れるので日本でも割とポピュラーなレシピである。

 ぶっちゃけ私もそっちの方が気軽に作れるし調理の難易度も格段に下がるとは思うのだが、リブさんは一体何の為に私がこんな油塗れになりながらも慣れないレシピに挑んでいるのかを忘れているのだろうか。



「いや、そもそもは貴女のリクエストで作ってるんでしょうが」


「それはそうなんやけど、まさかここまで手間のかかるレシピだとは思わなかったんよ……何でこんな大変なレシピが日本で流行ったんやろなぁ?」


「物珍しいさじゃないですかね? 元々はイタリアで大流行したのが日本に流れて来た。みたいな話を聞きましたけど」


「えぇ……ウチ、ちょくちょくイタリアには帰省してるけど、こんなレシピはリストランテで見たこと無かった気がするんやけどなあ」


「ここまで来て不安になるような事を言わないでくださいよ。と、そうこう言ってる間にパスタが良い感じに柔らかくなってきましたね」



 グツグツと茹だるフライパンの中で良い塩梅に出汁をすったのだろう。見慣れた柔らかさになってきたパスタを一本だけすくって味見をしてみる。

 その度に麺の硬さに納得いかずに火入れの時間を伸ばしたり、塩気が足らずに塩を足したりと。

 何度か試食を繰り返すこと数分。どうにか納得のいく味わいのアル・デンテ状にまで麺を煮込んだので、ここで皿に盛り付ける。



「パスタをお皿に盛り付ける時は螺旋を描くようにして捻ってから置くのがポイントです」


「やっぱり見栄えがええからか?」


「それもありますけど、一番の理由は温度ですね。こうして広がらないようにして小山を作ると熱が逃げないから冷め難くなるんですよ」


「ほぇ〜。普段マンマがパスタ作る時には気にしとらんかったけど、そんな重要な意味があったんやな」



 赤いパスタには白い皿が良く映える。

 真っ赤なパスタを小山のように盛り付け、その上から鍋底に残ったドロドロの赤黒いソースを盛り付けて完成だ。



「ようやく完成ですよ、ああ長かった。さて、お待たせ致しました。初めての『暗殺者のパスタ』の出来上がりです」


「おぉ!! 出来上がりも中々にインパクトのある見た目やな!! それにしても見るからに辛そうや!!」



 やはりこうして盛り付けて見ると焦げ目のせいなのだろう。普通のトマトソースよりもややグロテスクなまでに赤黒いソースの色が目立つ。

 香りは大量の唐辛子を入れたせいか、中々に刺激的だ。若干の焦げ臭さが香るのは微塵切りにしたニンニクを焦がしてしまったからだろうか。


 うーむ。我ながらちょっと失敗。



「偉大なる父よ。あなたの慈しみに以下略。アーメン。んじゃ、いただきまーす」


「はい、召し上がれ」



 雑に祈りを唱えて軽く十字を切ったリブさんはフォークをパスタの小山に突き刺してクルリと一巻き。

 パスタを折ってしまったせいで巻き辛いだろうに、以外にも丁寧な手つきでフォークを掬い上げると、そのまま真っ赤なパスタを口に運んだ。



「んっ! これは中々……辛味が強くて焦げ目の部分も味が濃厚でほろ苦く。美味しいだけじゃなくて、面白い感じのパスタやな。新感覚や!!」


「気に入って頂けたなら良かったです。キッチンを汚してでも作った甲斐がありました」



 目をキラキラさせてモッキュモッキュとパスタを次々と口に運ぶリブさんの反応を見るに賛美の言葉はお世辞とは思えない。

 初挑戦の暗殺者のパスタはひとまずの合格ラインは頂けたようでホッと一安心だ。


 私も目の前の彼女につられるようにして早速一口試してみる。

 味見した時にも感じたが、たっぷりと入れた唐辛子の刺激が口の中で燃えるように主張して来るのが中々のインパクト。思わず汗がジワリと滲んで来た。

 どちらかと言えば辛いものよりも甘いものを好む私にとっては、ちょっと辛味が強過ぎる。2人前とは言え唐辛子を丸々3本入れたのはやり過ぎだったかも知れない。



「トマトの酸味とか、ちょっと心配だった焦げ目の塩梅なんかはちょうど良かったみたいですが……うぅ、やっぱり辛いぃ。わ、私にはちょっとキツイです」


「そう? ウチ的にはもうちょい辛くてもええ具合やけどな。……っかぁああ!! ビールが進むでホンマ!!」



 私が中々ヒリヒリと痛む舌を慰める為にチビチビと牛乳を飲んでいる間にも、リブさんはゴクゴクと喉を鳴らしながらロング缶のビールを喉に流し込むようにして味わっていた。

 唐辛子の刺激が強いこのパスタは酒の肴にピッタリだそうで、ドライな喉越しが売りの某国産ビールとのマリアージュが堪らないらしい。


 彼女の元々の美貌に加え、素晴らしい飲みっぷりに食べっぷり。そのままビールのコマーシャルに出てもおかしくない位に映えるワンシーンだった。



「味わいは同じ辛い系のアラビアータに似てはいるけど、酒の肴って考えるならウチはこっちの方が好きやな!! あ〜こりゃビールが止まらんでホンマに」


「個人的にはもうちょい辛さを抑えてコンソメや、うま味調味料。それから粉チーズなんかを加えて味に深みを出してみたいですね。具材を入れるとしたらやっぱりベーコンや玉ねぎでコクと甘みを足す感じで」


「もしも次があるならウチはベーコンの代わりにチョリソーを推すで!! この辛旨パスタには絶対に合う筈や!! そしたら更にビールも進む筈!!」


「いや、具無しの現時点でも相当な勢いで飲んでると思うんですけど……何本目ですか、それ?」


「3本目〜」



 単純計算で炭酸水を既に1リットル以上飲んでいる目の前の女性の飲みっぷりに戦慄しつつ。

 それでも「美味い美味い」と輝くような笑顔で私の作った料理を食べてくれるリブさんを見てると、唐辛子の辛さとはまた別の理由で身体の芯からポカポカするような気持ちになる。



「あ〜ホンマに最高の晩酌やね。バンビちゃんの料理なら毎日パスタでも絶対飽きんわ。ホンマ、お嫁に欲しいぐらいやわ〜」


「わ、私は男ですよ。全く、もう」



 輝くような美貌を持つ大人の女性が私の前でだけ、こうして幼気な少女のように屈託の無い笑顔を見せてくれる。


 そんな現実に、私はほんの少しの優越感を。それから、それ以外の何とも言えない暖かくて、もどかしくて、それでも決して嫌では無い。

 そんな言葉に言い表せない。尊さすら感じる何かが胸に火を灯していくのが自覚する事が出来ました。



「ん? バンビちゃん、どないしたん? そないな熱〜い視線でウチのこと見つめて」


「……いえ、何でもありません。美味しそうに飲み食いするなぁ。と思いまして」



 私はリブさんの疑問を誤魔化すように。

 自分自身の心の内を有耶無耶にするように。



「そりゃバンビちゃんがウチの為に愛情たっぷり込めて作ってくれた料理やもん。美味しいに決まってるやん!!」



 口の周りが真っ赤に汚れる事すら気にすること無く、輝くような笑顔を私に向けるリブさんの瞳が。

 私の短い人生の間に目にしてきた、あらゆる美しいモノとは比べ物にならない程。


 直視出来ないぐらいに、とってもとっても眩しかったから。



「……気に入ってくれたなら、また何時でも作りますから」


「ホンマに!? バンビちゃんは可愛い上に優しい良い子やな〜!!」



 私は何だか気恥ずかしくて。とってもとっても恥ずかしくなってしまって。

 視線を自分の皿に固定しつつ、黙々と食事を再開した。



「だから、可愛いと言われても。嬉しくなんてないんです。から」



 今リブさんと顔を合わせたら、きっとパスタの辛さなんさでは誤魔化せない程に真っ赤に染まった私の顔色を。


 ニヤニヤと笑われながら、からかわれるに決まっているのだから。
















 ……なお。私がそんな柄にも無いサンチマンタリスムに浸っていた。

 そんな、ひと時から一時間が経過した頃のやり取りがコチラ。




「ほぉれバンビちゃーん!! お姉さんがもう一回ハグハグしてあげるで〜ウチの胸元にダイブして来るんや!! 今なら大人のキッスのおまけ付きやで〜グヘヘへッ」


「しませんよ!! 酔っ払う度にセクハラしようとするのをいい加減に止めて下さい!!」


「何を言ってるんや〜ホンマは嬉しい癖にぃ。さっきハグし時にだってウチは気づいてたんやで〜? ウチのおっぱいに反応して、バンビちゃんのバンビちゃんが段々とビンビンに「それ以上は言うなああああああああ!!!!!!」



 密かに芽生えつつあった私の恋心っぽいものは、即効で御本人様の手によって亡きモノにされてしまいましたとさ。


 どっとはらい。



 ……ハァ。

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