職業訓練校日記

脳病院 転職斎

第1話

2020年当時、俺は生活保護を受けて2年目に突入していた。


離婚をきっかけに生活保護からの離脱を決意した俺は、ハローワークに紹介された職業訓練プログラムで、福岡市東区香椎のパソコンスクールを勧められた。


俺が持ってる資格は、介護福祉士を除けば剣道と柔道の初段だけだ。このままじゃ何も仕事が無い。


社会復帰に必要なスキルを持ちたいと思った俺は、word、excel、PowerPointの資格を取得する為に香椎のアポロパソコンスクールに願書を出した。やがて、同校から面接の連絡を受けた。


そこでどこまで当時の状況を語ったかは覚えてないが、生活保護に落ちて離婚してしまい、失うものが無くなりました。もう一度社会復帰して人並みの暮らしをしたいですのようなことを言い、俺は無事合格した。


そして俺は、住んでた箱崎から二駅先の香椎に通うことになった。


入校初日、

中に入ってみると、色んな事情で来た人達が教室にいることにすぐ気付いた。


そして休憩時間に煙草を吸っていると、二人の女性から声を掛けられた。うち一人は40代の北九州の肝っ玉母ちゃん、もう一人は海外通の35歳の女性だった。


その時は気づかなかったが、この二人の女性は俺のそれからの人生に大きな影響を与えることになる。


今でも覚えていることだが、初めて見た職業訓練校の景色には、何か希望が無い人達のどんよりとしたようなものを感じた。自己紹介の時間で皆んなの経歴を聞いているうちに、何故俺がこのように感じたかがすぐに理解できた。


そんな中でも太陽だったのが、喫煙所で出会った北九州母ちゃんと海外通姉ちゃんだった。彼女達には希望が溢れていた。


北九州母ちゃんは、これから野菜屋を開く為にパソコンスキルを身につけたいとのことで、海外通姉ちゃんは外国語能力を駆使した仕事に就きたいとのことだった。


自己紹介の時に印象的だったのは、海外通姉ちゃんはフランス人と付き合った経験を基にフランス語で自己紹介を始めたことだった。かつてバックパッカーだった俺が海外通姉ちゃんと心を通わせることになるのは時間の問題だった。


その対照的な自己紹介だったのが、北九州ローカルの肝っ玉母ちゃんだった。


それにしても、八百屋での自営業を目指す北九州母ちゃん、フランス語を仕事に行かしたい海外姉通ちゃん。皆んなキラキラ輝いてるのに対し、俺はなんだ。


生活保護で月10万円程度のお金を貰い、皆んなと同じように遊ぶ金はなく、離婚もして希望もない将来無縁仏のクズじゃないか?


寂しさを紛らわせるため、俺は職業訓練校の一部の人とは毎日一緒に食事を食べ、北九州母ちゃんや海外通姉ちゃんとは一緒にタバコを吸ったが、俺は自分が生活保護であることを一切明かさなかった。と言うより明かせなかった。


最初こそ希望が見えていた俺も、変わらない毎日と貰えないお金でやる気が無くなり、授業中は鼻くそをほじりながらずっと貧乏ゆすりをしていた。


三ヶ月通った職業訓練校でWordの資格だけは取得したが、その次のステップでどんな仕事に就きたいかまでは一切考えてなかった。


今思えばとっとと働いてたら惨めな思いもしなかったのだが、無職が染み付いた俺には社会復帰する一歩が中々踏み出せないでいた。その結果、俺は次のステップとして障害者就労移行支援を選んだ。


そして職業訓練校を卒業した最後の日、皆んなで飲み会があった。その呑み会の金すら出せない俺は親からお金をもらった参加した。


今思えばその時に気付けなかったのだが、俺は北九州母ちゃんと大きなことがしたかった。そしてかつて旅人だった俺は、海外通姉ちゃんに強いシンパシーを抱いていた。


俺は、海外通姉ちゃんと結ばれたかった。話も趣味も何もかも合うのに、俺は自分が生活保護で将来不安定だと言うことは明かせない。


残念ながら北九州母ちゃんの方とは三度に渡る同窓会でも会えなかったが、俺は海外通姉ちゃんに会うのが楽しみで、一緒にお酒を飲んで話をする時にはいつもドキドキしていた。


そして終電を福工大前駅で待っている時、海外通姉ちゃんと二人きりになることがあった。今思えばこれほど告白に絶好なシチュエーションはなかっただろう。だが、35歳の未来ある姉ちゃんに対し、夢も希望も無い20代後半の俺には何の保証もなかった。


いくつか会話をしたのちに電車が来て、海外通姉ちゃんとは離れ離れ。翌月の三度目の同窓会で会ったことを最後に、北九州母ちゃん以外との連絡手段を無くしてしまった。


理由はショボいのだが、当時女に飢えていた俺は出会い系で知り合った女に裸の画像を送らせ、それがバレてLINEのアカウントを凍結されてしまっていた。


以後、俺は海外通姉ちゃんの連絡先を何もしらない。20代後半の生活保護の恋は誰にも見られることなく、ほろ苦さだけを残して消滅した。

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