Secret fault

海湖水

Secret fault

 「あーもう!!記事のネタが見つからねえ!!」


 七尾は彼1人しかいない教室の中で、半ば悲鳴のような声を上げた。いくつもくっつけられた机の上には、大量の資料やペンが転がっていた。

 七尾は新聞部に所属している。部員は、彼1人だけ。もともと、ジャーナリストになりたいと思っていた彼は、高校生になると新聞部に入ることとなった。

 しかし、新聞部という、マイナーオブマイナーな部活動。中学生の頃ならばともかく、高校生になってからわざわざ、学生内でしか読まれないような新聞を書こうとする人間なんていなかった。そのため、部活に七尾の代で入った人間は彼1人だけ。それだけでなく、彼が2年生になってからも後輩が入ることはなく、彼の部活は廃部の危機へと立たされたのだった。

 少しでも、この部活のことを宣伝したい。そんな思いで、特ダネを仕入れるためにさまざまな取材を行なっていたのだが、流石に都市部でもない高校の近辺で得られる情報など大したものがあるわけなかった。


 「どうすれば良いんだろ」


 彼の悩みは帰り道も続いた。

 何か新しい発想が生まれないか、といつもとは違う道で帰っているが、今のところ、特にそのような兆候は見られない。

 七尾はふと自転車を漕ぐ足を止め、近くの山へと目を向けた。ここから熊でも飛び出してこないだろうか、ニュースになっているのを見るものな、と不謹慎なことを考えていると、七尾の後ろから怒りを含んだ叫び声が聞こえてきた。

 振り向くと、1人の老人がこちらへと走ってきているところだった。


 「今すぐそこから離れろ!!山に近づくな!!」

 「わっ!!す、すみません。でも、少し見てただけで」

 「いいから早く去れ!!近づくんじゃない!!」

 

 七尾はそのお爺さんから逃げるように自転車を漕ぎ続けた。随分と元気なお爺さんは、七尾を一分近く追い回したが、近づく気がないと知ると、去っていったようだった。

 あまりにも怪しい。なぜ山を見ていただけであそこまで追い回すのか。何か隠したいことがあるのではないか。

 七尾は調査を始めることに決めた。



 「ヘッドライトと、食料と……。よし、これくらいで十分か」


 七尾は帰ってからリュックサックに道具を入れると、すぐさま出発した。

 目指すはあの山。山の中を捜索すれば、何かやましいものが見つかるのではないか。そんなことを考えながら、遠くに微かに見える山へと自転車を進めていく。


 「よし、それじゃあ山に入るか」


 山の中を移動するのは慣れていない彼にとっては随分と苦労した。登山靴なんかは履いていたものの、落ち葉に足を取られて何度も足を滑らせてしまう。山、と言うよりかは、森が少し盛り上がっている丘のような形で助かった。


 「……洞窟だ」


 捜索を始めてから1時間、七尾の目の前に一つの洞窟が現れた。奥は暗くなっていて見えないが、きっと続いているに違いない。

 怪しい、実に怪しい。

 七尾が息を呑んで洞窟の中へと足を踏み入れようとした時、後ろから七尾は突然引っ張られた。

 引っ張られた勢いで後ろに倒れた七尾が見たものは、あの時、七尾を怒ったお爺さんだった。手には猟銃を持っており、使い慣れているような登山用具で身を固めている。

 ああ、死んだかな、俺。そんなことを七尾が思っているとお爺さんが七尾に手を差し出した。


 「降りるぞ。お前にはちゃんと話さんと分からんだろうからな」

 

 七尾はお爺さんの後ろをついていくように、山を下っていった。


 「で、話ってなんですか」

 「話すなよ。記録には残っとらんが、もし本当だと判明したらパニックになる。少なくとも、儂はここでは生きていけなくなるからな」

 「……すみません、俺、新聞部なんです。話してもらった内容が面白ければ、悪いですが記事にはします」

 「……まあいい。どうせ都市伝説みたいな内容だ」


 老人は呆れたような顔をした後、七尾に話を始めた。


 「お前、高校生なら、太平洋戦争くらいはわかるな?儂らの時代では大東亜戦争などと呼ばれていたが、とにかく儂はその頃中学生だったのだ。戦争も末期に差し掛かると、儂らの中でも、こりゃダメなんじゃないか、という空気が流れ始めてな。まあ、それで戦争が終わるなら、初めから戦争など始まっておらん」


 老人は茶を飲むと、再び話を続ける。


 「とにかく、軍は日本本土でも戦争を行おうとしたのだ。いわゆる、本土決戦、一億玉砕というやつだ。そのために、各地に爆薬や資源なんかを隠し始めた。あの山は、そんな場所の一つだ。儂は、あの場所に爆薬を運んでおった」

 「爆薬、ですか……?」

 「ああ、何キロあったのだろうな、とにかく大量の爆薬を同輩たちと毎日毎日、お前のいた洞窟へと運んだ。軽くこの一帯は吹き飛ばせる量だ」

 「……待ってください、そんなに洞窟が広くは見えませんでしたよ?それに爆薬ばっかりって、そんな爆薬どう使うつもりだったんですか!?」

 「そんなもの、特攻か、いざとなったらこの辺りに撒いて味方ごと爆破するか、じゃろう。ああ、自決用だったのかもな」

 

 七尾はあまりの内容に言葉を失った。爆薬?そんな大量の危険物があの山にあったというのか?そんなバカな。

 困惑する七尾を半ば無視して、老人は話を続ける。


 「ある日、洞窟が崩れた。爆薬の運搬作業中でな、儂以外の殆どが洞窟の倒壊に巻き込まれた。洞窟が崩れたのは入り口に近いところでな、何人もの同輩や軍の将校が洞窟に閉じ込められたんだ。儂は助け出そうと必死に頑張ったが、掘り進めれば掘り進めるほど倒壊は進んでな。3日もすると、洞窟の奥からの助けを求める声もなくなった。空気がなくなったのかもな。その時点で、儂は洞窟を掘り進めるのを諦めた。あとは刺激を与えぬよう、爆弾がここら一帯を吹き飛ばさぬように見張るだけだった」

 「……信じられません。そんなことあるわけない。聞いたことがないです」

 「そりゃそうだ、記録なんて残ってないからな。儂以外のほとんどの関係者は死んでしまったし、残った記録も他の地方の情報と絡まって有耶無耶になっているだろう」

 「警察に言おうとしなかったんですか?」

 「言って取り合ってくれると思うか?」


 七尾が情報を整理していると、お爺さんは最後にもう一度口を開いた。


 「……本当はな、洞窟の奥から助けを求める声は微かに聞こえたんだ。だが、儂は無視した。自分の身が危なかったからな。そして、発覚するのを恐れて、誰も近づかないようにした」


 老人の目にはいつのまにか涙が溜まっていた。

 

 「今でも、聞こえるんだよ。助けてくれ、って。お願いだ、最後に親の声を聞くだけでも良いから、と。こんな声を聞くのは儂1人で十分だ。……話はこれで終わりにしよう。帰ってくれ」


 帰り道、七尾は狐に包まれたような気分だった。今考えると、本当に洞窟なんてあったのだろうか。全てお爺さんの出まかせではないのか?

 いや、それは無いな。彼は直感的に何かを確信するようだった。何故なら、あの時の老人の目は自分を助けようとしていたから。きっと彼にしか見えない何かがいたのだろう。罪を抱えた彼にしか、見えない何かが。

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