第10話 最強の盾
岩瀬さんと新島部長が構える。新島部長が岩瀬さんのフォア側にサーブを打ち、それを撃ち合う。それが次第に激しさを増していき、新島部長は左右にスマッシュを撃つけどそれを岩瀬さんが簡単に返す。
「岩瀬さんはただ返してるだけじゃねぇぞこれ。」
「そうですね。新島部長が撃ちやすいところにドンピシャで返してる。それもどんだけ左右に振られても高さ、場所、威力、どれも全て同じ。」
「岩瀬さんと戦う人はみんな、点のとり方を忘れる。俺も時々、卓球ってどうやって点とるんだって錯覚に陥る」
新島部長の猛攻をいとも簡単に返して、疲れてきた新島部長が岩瀬さんのバック側に力んだ球を打つ。
───それを瞬く間に新島部長のコートに返っている。新島部長はそれに反応出来ずに固まっている。
「……カウンター、ですか」
「岩瀬さんは北海道最強の盾。守って守って、相手の隙を見てカウンターで殺す。」
強い。西城さんは攻撃型。どんな体制でも強い球を打てる器用さと、ライフルのような加速するドライブが武器。それに比べて岩瀬さんはどんな球も守って守って、隙をついて刺す。これが強さだ。
「正北のマネージャーさん。俺がこんなに相手の球を取れるのはなんでだと思う? 」
「えっと、どんな球にも対応できるフットワークとそれに伴う技術、とかですか」
「それもあるが、それよりももっと重要なことがある。西城、教えてやれ」
「その強さの秘訣は圧倒的読みだよ。岩瀬さんは小学校の頃からずっと卓球やってて、プロの試合とかアマチュアの試合をずっと見て、それを研究して身についた力だ。その読みに岩瀬さんの技術が組み合わさってあの力だ。」
「そうだ。ラケットの向き、身体の向き、目線、姿勢。それらを見て相手の攻撃を読む。卓球って言うのは常に一瞬の勝負だ。来た球に反応して撃つのではない。相手の動きを読んで先に動く。常に先を見て動け。」
後手の卓球では上にはいけない。私たちは来た球に対して対応してきた。もちろんそれが卓球だけど、そうじゃない。上の人は球が来る前にどこに来るのか読んで準備、返せるか返せないかじゃなくて、どうやってどこに返すか。
「岩瀬さんの読みは全国でもトップレベルだから岩瀬さんレベルにはなれないだろうけど、それでもやれることはあるだろ。」
今からでもやれること。その読みを身につける術。
──プロの試合とかアマチュアの試合とかずっと見て研究。
岩瀬さんが小学生の頃からやっていたこと、それをやる。でもただ見るだけじゃない。長年培った岩瀬さんのその力を少しでも得られる為には。
「今日の午後からの試合、全部録画します。合宿終わったら、それらを見て人がどういう動きをするかをみんなで研究しましょう」
「我々も常に未来視を扱うレベルになれるのですな」
「かっこよく言わないでください。」
午前の部が終わって、早速午後の対戦が始まる。ルーレットが始まり、正北高校の対戦カードは
『新島部長 対 星ヶ丘2年、玉木ゆずる』
『風間くん 対 大山高校3年、竹谷菅二郎』
『谷副部長 対 海皇館高校2年、佐川勇気』
佐川勇気。春季大会で風間くんが負けた相手。それと竹谷さんは谷副部長が負けた相手。特に、竹谷さんは大山高校No.3の実力者だ。もちろん春季大会では全道大会に出場してる。
それぞれの試合、私たちは全員完敗した。海皇館の佐川は、春季大会の時より確実にレベルアップされている。動きに無駄がなくなって、ベンチコーチなしでも自分で巧みに戦術を操って戦う。持ち駒が増えたように見えた。それも“強さ"だろう。
その夜、星ヶ丘高校の保護者会の方が夜ご飯を準備してくれていた。今夜はカレーライスで、部員達はみんな山盛りによそって食べる。
岩瀬さんは特に山盛りで、西城さんは負けずにとがっついていた。
うちの部員は他の人たちと比べて小盛りで情けない。
「そんなんじゃ筋肉つかねぇぞ!正北さんよ」
「筋肉はなくとも贅肉はありますぞ!」
「贅肉は……無くさなければな……」
うちの部員は西城さんや岩瀬さんに囲まれてほぼ強制的に大盛りを食べさせられていた。部活後よりもしんどそうに倒れている3人を満足気に岩瀬さんと西城さんが1番悪魔だった。
寝る場所は男子と女子で別れてて、基本雑魚寝だけど、女子は部員とマネージャー・海皇館の部長、浅間奈子で別れていた。
「あの、すみません、今日あんま挨拶できてなくて自己紹介させてください! 私、星ヶ丘高校2年生でマネージャーの、七倉亜美です。よろしくお願いします」
茶髪でポニーテールの華奢の女の子だ。可愛らしくてなにか守ってあげたくなる声をしている。歳上だけど。
「あ、私正北高校1年生のマネージャーの雪宮藍です。よろしくお願いします」
「え!1年生なんですか! 大人っぽいから3年生かと思ってました~」
他愛のない雑談を3人でしてると七倉さんは同じ星ヶ丘の部員に呼ばれて銭湯にいった。まだ話したかったのに~って口尖らせてたけど強引に連れてかれていた。
「あなたが聞きたいこと、分かるよ。正北を呼んだ理由が加藤奈緒じゃなくてあなただってこと気になるんでしょ」
「あ、はい…。正直、私は母親のダシにされたんだなって思ってました。だから、なんで私なんだって」
「私さー、なんか勝手にあなたのこと私と似てるなって思っちゃったんだよね。誰もが諦めてるようなとこ、諦めないで強さに貪欲なとことか」
「私とあなたが、似てる?」
そ。って相槌を打って浅間奈子は布団に倒れ込む。目を瞑ってるけどどこか夢を見てるような表情で私に語る。
「海皇館って新設で、卓球部なんて作る気なかったらしいんだけどさ、私が先生に頼み込んで部員探して作ったんだ。」
──当初は野球部とバレー部と吹奏楽部を売りに出してた。野球部とバレー部の顧問には凄腕のコーチ、選手のスカウト、吹奏楽部にも大きいオーケストラで指揮者やってた人が指導者として雇われて、それを大々的に広告を打って、スカウトしていた。去年の戦績は野球部の全道大会出場、バレー部の全道大会ベスト16、吹奏楽部も銅賞を獲得。新設校なのに功績を次々と挙げているほど凄腕の指導者を集めていた。
私は強豪校に入ることも視野に入れてた。だけど、ただただ新設校っていう響きと、制服が好みだったこと、そして、何より、私が海皇館高校初代卓球部員という響きに心を奪われた。
最初はそれだけの動機だったんだ。でも最初の年、集まった部員は私含めて5人。伝説の始まりにしては少ないスタートだけど、そんなことは関係ない。私が部長になって、この卓球部を強くしていけば、自ずと部員は増えてくる。強いコーチを獲得出来るかもしれない。
部長として、とにかくチームを強くすることに全力を注いでた。色んな高校に電話して、練習試合をお願いしたり、プロの試合を見に行って、選手に直接話を聞こうとして止められたこともあった。練習も部員の誰にも負けないようにってとにかく頑張って、私について来てくれる大事な部員をどうにか大会で勝たせてあげたかった。
そして去年の高体連、体育館の隅にいた正北高校を見かけた。別に相手にしてなかった。気にもしてなかった。公立高校にも部活ジャケットとかあるんだーとかそんな失礼なこと考えてた。
私達もまだまだ弱い、この魔境と呼ばれる札幌市の中では、強豪校と肩を並べるまでは圧倒的に差があった。
でも弱いなりに上に行けるように私たちは努力してきたし、部活動はそういうものだと思っていた。そんな矢先に会話が聞こえたの。
「うわー、俺の相手龍川だわー。」
「私は星ヶ丘高校ですなぁ」
「みんな1回戦で終わりですかね」
なんで対戦相手見ただけで諦めてるの?なんで戦う前から負けを確信してるの?勝とうとしなきゃ勝てないのに、私達だって、弱いけど弱いなりに必死こいて努力してきたのに。
「これ終わったら、アニメイトいきましょうぞ? 新商品をみに行きたいでござる」
「あー、いいっすね。どうせ早く終わるし」
「よし! アニメイトの為に頑張るぞ!」
……は?
意識が低い。試合が終わったらそのままミーティングじゃないの? てか顧問は? そのままアニメイトに行くって? この人たち、どこまで舐めてるの? 必死にやってきた人達に失礼だと思わないの?
こういう所で頑張れないような人、私は昔から嫌いだった。今思うと、ただ自分が頑張ってるからっていうただの押し付けだ。それでも当時の私には闘志を燃やす充分すぎる口実だ。こんな奴らのようにはならないって。
そこからひたすらに頑張って、春季大会で正北高校と戦った。去年見なかったボブの女の子がベンチコーチで見てる。
コートを見てる目、セット間のミーティングで真面目にアドバイスをしてる姿、しっかりビデオを撮っていて、得点の度ノートで記録している。あの帰ったらアニメイトに直行しようとしてた軟弱な男が勝つために色々試行錯誤をしてきた。
──「その変化のきっかけは、いや、正北高校の中心は貴方なんだって。あなたの目が、なんか2年前の私を見てるようで、なんか、勝手なんだけどさ、力になりたいって思ったの」
努力は報われるものでは無い。報われずに実らず、落ちていくこともある。それでもこうやって、諦めずに努力していけば、どこかで私を、私たちを見てくれてる人がいる。浅間さんの言葉を聞いて、どこか報われたような感覚になった。
「札幌は魔境で、どんだけ頑張っても上には上がいる。正直、マネージャーとして部員のみんなを強くさせてあげれるか不安になることあったけど、こうやって見てくれる人がいて、まだ先は見えないけど無駄じゃなかったんだって」
「えなになに、泣かないの~も〜。ヨシヨシ。ずっと背負ってたね、強い子だよ雪宮ちゃんは。これからは私に甘えていいんだよ~? 」
分からないけど、勝手に涙が流れてしまって、それが止まらなくて浅間さんがそんな私を抱きしめてくれた。ずっと頭撫でてくれて、その間ずっと強がらなくていいよって諭してくれた。
中学の頃からの挫折。中学生の私には大きすぎる挫折を乗り越えて、マネージャーとして頑張って来たけど、また報われないかもという恐怖が心の中にあって、それを浅間さんが力になりたいって言ってくれて、何か私を知ってくれる人がいたって安心感が、私の緊張の糸を解してくれた。
「明日、加藤奈緒が来るけど、知ってるのは先生と私だけだから、安心してね。私が守ってあげるから」
「ありがとうございます、すみません。ほんと、色々と」
「えー? 全然いいよ! 雪宮ちゃん可愛いしむしろ守らせてって感じ」
「何言ってるんですかもう」
なんか自然と打ち解けた私は浅間さんにインスタグラムの使い方を教わって早速2人のツーショットをストーリーというものに投稿した。
彩月と琴音をフォローしたらすぐフォローが帰ってきて、ストーリーの返信に2人揃って「お泊まりいいなー!」なんて来てた。
お泊まりじゃなくて合宿なのに。
銭湯に入り終わって早速寝た私達は、誰よりも早く起きて体育館の準備をした。体育館の窓から体育館に注ぎ込まれる日差しが私たちの体を優しく温める。
そして今日は、ママとしてじゃなく、卓球選手の"加藤奈緒"として、特別講師が来る。私達はそれに胸を踊らせた。
雪宮藍、マネージャーやります! 冬樹夏架 @rapenaru
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