番外編 あなたの為ならば 下

あれからジュリアンは息子を避けるようになった。会うと縊り殺してしまいそう、と零した通り、年に一度誕生日に会う度に、その首を絞めるようになった。済まない、と涙ながらに謝るジュリアンに、ギルバートは苦渋の表情を浮かべながら、あなたの気が済むようにしてほしい、と伝えた。

そして息子が5歳になる頃、長女が生まれた。長女はアルビノであった。ギルバートは何も思わないが、2世代前までは迫害されていた。どうするかとジュリアンに聞いたところ、生かしたいという。その瞳に期待があるのを見て取って、ギルバートは兼ねてから計画していたことを実行に移そうと決めた。

男への嫌悪は、裏返せば女への同族愛とも取れる。それを防止するためには、娘に公爵位を継がせなければならない。何しろ息子は王位継承権が第一位だから、国王に子供が出来なければ次期王となる。そうすれば繰り上がって娘が公爵位を継ぐのだ。

ジュリアンがあれほど望んでいた王位に最も近い、筆頭公爵の位を。

そうと決まれば話は早い。国王を毒殺してから少しずつ持っていた不妊薬の量を増やした。既に侍女に手を出し始めていたが、国王の身の回りの侍女や使用人にも不妊薬を盛っておき、彼女らが懐妊しないよう、もしした場合はすぐさま堕ろせるようにと監視していた。運悪くメイドのひとりが懐妊したが、本人が気づく前に堕胎薬を飲ませ事なきを得た。おかげで12歳から手を出し始めたにも関わらず、16歳になっても子のひとりもいなかった。この時点で大臣の内1、2人は国王の生殖機能に疑問を持ち始めており、その奥方から噂が出回り始めた。

曰く、国王は種がない。

曰く、聡明と名高いグランヴィル公子が次の王になるのではないか。

ジュリアンの耳にもその噂は届いたようだった。顔面蒼白で、もしセオドリックが王位を継いだらどうなるの? と問われた。ギルバートはわざと一瞬黙り込み、娘が継ぐことになるだろう、と答えた。

その瞬間から、娘はジュリアンにとって最大の敵となった。

誕生日の度に、ジュリアンが息子と娘の首を絞めるのを、ギルバートはただ眺めていた。首を絞められ気絶した息子と娘を見ても、次第にジュリアンは表情を変えないようになった。それがギルバートには嬉しかった。ジュリアンがギルバートへの依存を深めているのが目に見えて分かるからだ。

時は巡り、息子の立太子が決まった。娘が公爵位を継ぐことが確実になったとき、ジュリアンは淀んだ目をして娘を殺してと頼んできた。ギルバートは暗殺者を精査し、ひとりの青年を雇った。諜報と暗殺を司る家の次男坊だ。一目見た時から、ギルバートは己に似たものをこの青年に感じていた。ギルバート程歪んではいないが、目的のためには手段を厭わないだろうと思ったのだ。このまま娘を殺してもよし、しかし、万一娘に恋をすれば、娘を生かすべく様々な手を打ってくるだろう。娘と相思相愛になれば、暗殺命令の撤回を願うに違いない。その時娘は誕生日を狙うだろう。ジュリアンが自ら娘に接触する唯一の日。ジュリアンの命を脅かせばギルバートは動くことは、流石に理解している。そうなればジュリアンは誕生日でも娘に接触しなくなるだろう。執務を任せて2人で旅行に行こう、と言えば応じてくれるかもしれない。

どちらに転ぶかと思っていたら、愛する方に転んだらしい。娘の15歳の誕生日、ジュリアンの安全と引き換えに、ギルバートは暗殺命令を取り下げた。

それからは、ずっと二人きりだ。勿論社交界はあるけれど、ジュリアンの日常にギルバート以外が入り込む余地がなくなったのだ。ギルバートの胸は仄暗い喜びで満たされた。


「なあ、ギル」

「うん?」


娘の結婚式、ギルバートは息子にバージンロードを歩く役を任せ、ジュリアンの隣を陣取った。ジュリアン以外の人間の隣に立つなんて御免被る。


「済まないな。もし私以外が妻であれば、仲のいい家族というのも夢ではなかったろうに」

「何を言うんだい。あなたが妻であること以上に幸福なことはないよ」


寧ろ、息子も娘も不要なものでしかなかった。上手く排除できたからよかったものの、もしジュリアンがふたりを愛していたら自分がどうなっていたか、ギルバートにも分からない。


「そうだ、今度、旅行に行きたいな。成人したから、あの子に色々と執務を任せることもできるし」

「旅行.....? どこに」

「どこへでも。あなたがいるならどこだって素敵になるから」

「旅行の意味がないじゃないか」

「あれ、ほんとだ」


ジュリアンは目を細めた。上機嫌な時の仕草だと、30年近く前にギルバートは学んでいた。


「そうだな、東に行きたいな。海もいい」

「いいね。計画を立てておくよ」


ふたりきりで穏やかな時を過ごそう。誰にも邪魔されず、誰にも惑わされず。

そうしてようやく、君は私だけのものになる。

そっと目を閉じたジュリアンを見下ろし、ギルバートは目を細めた。




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