番外編 婚約者が美しすぎる件について 前

エリーザベト=ブリュンヒルデは大陸の交易の要となる、バルシュミーデ王国の第二王女として生まれた。父王は程々に良い王であった。国内貴族から娶った王妃も、慈善事業に勤しむ平凡な王妃であった。そんな国王夫妻の一番の偉業は、子供たちであると言われている。

第一王女は国一番の美女と讃えられた祖母に似た傾国の美女。

王太子は税制改革や官僚の汚職問題に取り組み、早くも名君と呼ばれている。

第二王子は剣の達人として知られ、国を護る騎士団の一員として名を馳せている。

第三王女は交易の要となる国の王女らしく、商魂逞しい。

さて、お気づきであろうか。ここにブリュンヒルデの名がないことに。

言ってしまえば、ブリュンヒルデは存在感が薄いのである。勿論彼女がお馬鹿とか美しくないということではない。容貌も才能も中の中、正しく平均。だが飛び抜けて優秀な兄弟に囲まれているせいで、あれ? 第二王女殿下ってどんな方だっけ? となるのが常であった。幸い、ブリュンヒルデはそんな環境でもぐれることもなく、兄弟の良い噂を聞く度に喜ぶ、王族にしては珍しいほど穏やかな人間として育っていた。優秀な子らに比較され嘆いていた両親の背を見ていた賜物かもしれない。

そんなブリュンヒルデの元に縁談が持ち込まれたのは、王女にしてはいささか遅い17を迎える春のことだった。


「デューアの王太子殿下、ですか」


3つ東の王国デューアは、馬車でひと月の距離に位置している。王太子・セオドリックは現王の甥にあたり、ブリュンヒルデよりも2歳年上の19歳だ。立太子されたのは去年のことだが、早くも現王より遥かに優れた王太子として噂されている。

肖像画を繁々と眺め、ブリュンヒルデはぽつりと呟いた。


「......綺羅綺羅しい方ですね」

「ヒルダちゃんもそう思うわよね~、わたくしもよ。アンネちゃん第一王女も可愛いけれど、この方の美貌は桁違いよね~」


王太子は実に美しい男だった。神が作った彫刻、天使の愛し子と綽名される理由がよく分かる。


「けれどね~、この方の妹さんがね~、アルビノらしいのよ~。初の女公になるみたいだからよく顔も合わせるでしょうし~、嫌だったら断ってもいいのよ~」

「......アルビノ、ですか」

「これが肖像画よ~」


肖像画を目にして、思わずブリュンヒルデは眉根を寄せた。白い肌と白い髪、紅い瞳を持って生まれる子供は蔑まれ、生まれなかったものとして処分されることも多かった。東の国では迫害が終わったのも早かったので生かされたのだろう。


「いえ。とてもいい条件ですし、嫁ぎます」

「あらそう~? ヒルダちゃんがいなくなるの、お母様とっても寂しいわ~」

「お姉様の時もそう言ってましたよ、お母様」


5つ年上の姉は、6年前、西の隣国の王太子に嫁いでいる。6つ年下の妹ヨゼフィーネも、いずれどこかの国に嫁ぐだろう。


「娘が手元を離れるのはいつでも寂しいわよ~はあ、これでフィーネちゃんも嫁いだら、お母様悲しくて泣けちゃう」

「お兄様とミヒャエルがいますよ」

「そうだけど~」


承諾の返事を送り、正式に婚約が成立した。公表は秋に行われるデューアの建国祭のひと月前、婚姻は再来年の春ということで、顔合わせもないままにすべては決まっていった。婚約者からは二か月おきに儀礼的な手紙と贈り物が届いたが、表面的な手紙から性格を読み取ることはできなかった。



***



「それでは行って参ります」

「気を付けるのよ~」

「うっうっ、ヒルダも嫁入りか......」

「まだ早いわよ~、旦那様~」


両親に見送られ——兄は視察で弟は盗賊退治中であった——ブリュンヒルデはデューア王国に向かった。王女の移動ともなると護衛や侍従の数は大量で、2つの国を通り過ぎるだけでもかなりの時間を要した。移動の最中に国王の愛人が騒動を起こし、処断された。これによって婚約者の即位が年明けに早まったと聞いた時、ブリュンヒルデは思わず気が遠くなった。王太子妃からの始まりと王妃からの始まりでは、心持ちが大分異なる。

デューア王宮に到着したのは建国祭の1週間ほど前。出迎えてくれた婚約者は、肖像画と寸分変わらぬ美しい人だった。数人の侍従があまりの美貌に卒倒してしまい、慌てて介抱する羽目になった。


「――お初にお目にかかります。バルシュミーデ王国より参りました、第二王女エリーザベト=ブリュンヒルデ・フォン・バルツァーと申します。デューア王国の若き太陽におかれましては、ご機嫌麗しく」

「初めまして、王女殿下。デューア王国王太子、セオドリック=シルヴェスター・ディル・ノーリッシュと申します。どうぞよろしく」


美しい顔に浮かべられた笑みをまじまじと見て、ブリュンヒルデははい、と答えた。


婚約者と親交を深めるべく、来国してからは基本的に晩餐を共にした。


「長い旅路でしたでしょう。お疲れではありませんか? 何か不便があれば、侍女に何なりとお申し付けください」

「お気遣いありがとうございます。ですが部屋からの景色もお食事も、すべて素晴らしく感嘆するばかりです」

「交易の要であるバルシュミーデの姫君にそう言っていただけるとは嬉しいことです」


婚約者は随分と素晴らしい人間であるようだった。会話は始終途切れることなく、またブリュンヒルデを不快にさせることなく続いた。王宮の使用人たちからの評判もよく、貴族たちからも信頼も厚い。かといって舐められているわけでもないようである。ブリュンヒルデの兄も賢君と言われているが、些か強引で、ついていけない者を片っ端から斬り捨てる悪癖がある。今のところおっとりした両親との中和でなんとかなっているが、そういう過激な面がない分、兄よりも優れた為政者かもしれない。

——けれど、ひとつだけ問題があった。

幾ら会話をしても、婚約者の個人的な感情が何も見えないのだ。

すべての言葉に感情が籠っているように見える。同時に、ただ言葉をなぞっているようにも見える。王族の一員として感情を隠す術も、逆に隠された感情を推測する術も学んだ。だというのに婚約者が何を考えているのかは全く分からない。まるで精巧な人形と話しているかのような錯覚さえ覚えた。果たして異国から嫁ぐブリュンヒルデにはまだ内心を見せられないということなのか、それとも全員に対してそうなのか。

その疑念は、建国祭で解氷することとなる。



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