【前回までのあらすじ】

放課後の図書室。決まった時間に現れる、私より一学年上の三人組。

その一人、アンナさんが返した本に挟まっていたノートには、私のことが「意外とマジメ。だけど、ちょっとかわいい」と書かれていた。

それからノートを返すたびに「もっと書き足してもいい？」とささやかれ、ついに私専用の小さなノートまでできてしまった。

「すっごくかわいい！」にハートが三つ。そして「図書委員ちゃんもなんか書いて？」と促され、私は勇気を振り絞って「私のこと、また書いてくれたらうれしい！」と走り書きをした。

さらに先日は、アンナさんから突然「ツムギちゃん」と私の名前を呼ばれて――私の世界は一気に赤く染まってしまった。

――――――

放課後の図書室。

西日が差し込んで、カウンターの上を赤く照らす。

返却カードを片づける指が、なんだかいつもよりぎこちない。

――今日も、来るよね。いや、来てほしい。アンナさんに。

やがて、三人の声が近づいてきた。

「マナ」さんと「クミ」さんは楽しげに笑いながら本棚の方へ消え、アンナさんだけが残る。

胸に単行本を抱えて、まっすぐこちらへ歩いてきた。

「お願いね？」

私たち二人だけの、秘密の合図。私にノートを渡す、という合図だ。

私は手を伸ばし、アンナさんから本を受け取った。

私はそっと、本に挟んである、アンナさんからの小さなノートを取り出す。

そして、ページをめくると、丸文字の新しい一行が飛び込んできた。

「次は、ツムギちゃんが、私のことを書いて？」

どうしよう？なんて書こう？

迷うけど、何も書かずに返すなんてできない。

私はカウンターの端に身を寄せて、ペンを握った。

周りに人影がないことを確認して――震える手で、一行。

「アンナさんも、かわいいです。」

……っ。

書いちゃった。

よりによって「かわいい」なんて！

しかも「も」って。恥ずかしすぎる！

文字は少し歪んで、走り書きみたいになったけど、もう直せない。

私は慌ててページを閉じ、ノートをカウンターの下に隠した。

頬が熱い。

胸の奥で「うわぁぁ」って叫びたいのを必死に押さえ込む。

でも――これが、今の私の精一杯。

数分後。

アンナさんが、貸し出しのための本を抱えて、再びカウンターに現れた。

私は平静を装って処理を済ませ、本にノートを挟んでそっと返す。

その瞬間――指先に、ふわりと柔らかい感触。

ほんの一瞬。

けれど、確かに触れられた。

「ありがとう。」

アンナさんは、にこにこと笑いながら本を胸に抱いた。

そのまま出口の方へ歩きかけ――ふと、振り返る。

一瞬、私と視線がぶつかる。

その目が、なにか知ってるみたいにきらりと光って――私は息をのんだ。

……え。まさか、もう読んだ？

いや、そんなはずない。

でも、あの目は――全部知ってるみたい。

「おーい、早くー！」

「マナ」さんの声が飛んできて、現実に引き戻される。

「はーい！」

軽く返事をして歩き出したアンナさんは、出口に向かう途中で、すっとこちらへ身を寄せる。

他の二人に聞こえないくらいの小さな声で――。

「……やだ、照れてる？」

囁かれた一言に、全身が一気に熱を帯びる。

――バレてる。

私が書いたこと、絶対バレてる！

三人が去っていき、静けさが戻る。

私は椅子に沈み込み、両手で顔を覆った。

耳に残る声。

「照れてる？」の響きが、頭の中でぐるぐるする。

ずるい。

アンナさんは、本当にずるい。

でも――それが、うれしい。

胸の奥で、小さく笑いがこぼれる。

だって今度は、私の言葉が、ちゃんとアンナさんに届くんだから。