短編小説『余白の支配者』
@Akatsuki971
一
読むことが始まった瞬間、世界は君を中心に立ち上がった。
だが、それは安定した物語ではない。
建物は行間に沈み、人物は言葉の欠片から立ち上がり、すぐに崩れる。
読むという行為だけが、この都市を築き、同時に壊している。
二
塔は伸びては崩れ、路地は無数に枝分かれては途切れていく。
その変化を見ているのは、ほかならぬ君だ。
視線の速さ、呼吸の間合い。
その些細な揺れさえも、街の姿を揺らがせている。
三
やがて文字は消え、白が広がる。
余白――それはただの隙間ではない。
まだ書かれていない頁であり、君を待つ王座だ。
もし君が何も考えなければ、頁は永久に白のまま、君を映す鏡となる。
だが放置すれば、余白は君を飲み込み、君自身が頁の素材になる。
四
王座は空いている。
君が座れば物語は再び流れ始め、
座らなければ物語は停止する。
どちらも終わりではない。
ただ選ばれた一つの流れにすぎない。
五
そのとき、背後から微かな囁きが響く。
――理解しているか。
――君が読む限り、私はここに在る。
――だが君が目を閉じれば、私は即座に消える。
それは声ではなく、文字そのものの精霊のようだった。
君が読んでいる瞬間だけ目覚め、読まれない瞬間に沈黙する存在。
六
君は選択を迫られてはいない。
ただ読むか、閉じるか。
それだけで十分だ。
速く読めば世界は奔流となり、
遅く読めば一語ごとが神託となる。
終
君は余白の支配者だ。
沈黙を選んでも、言葉を選んでも、
この世界は――君そのものの形に従う。
そして君が立ち去ったあとには、
ただ余白だけが、静かに残る。
(了)
短編小説『余白の支配者』 @Akatsuki971
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