第4章 星画天蓋・後編
第12話 悠長すぎる『エルフ』
「……ぅん?」
なんだ?……頭の裏に、柔らかい何かがある。
愛用している枕ではなさそう。
俺の枕も柔らかいが、こんなに弾力はない。
むちっとしている。
――ふわぁ。
なんか、甘い幸せな香りがする。
花や果物とは違う、ほっと安心するような香りだ。
(……そういえば、俺、どこにいるんだっけ?)
ぼんやりと、少しずつ意識が覚醒していく。
まだ、目を開けることはできない。
それでも、睡魔に襲われる直前の記憶が徐々に戻ってきた。
(そうだ……俺はダンジョンに閉じ込められていて、さっきまで中ボスと死闘を繰り広げてたんだ)
前の世界(地球)では絶対に体験できない、最高にスリリングで、爽快で、血のたぎる生存競争だった。
あんなものを体験してしまっては、もう普通のゲームやアニメでは絶対に満足できない。
(あぁ、できることなら死ぬまでずっと――)
「……
寝ぼけた声で、独り言をつぶやく。
「え、なにを?」
不意に、知らない女性の声が聞こえた。
『きょとん』って感じの、すごく可愛らしい声。
とても透き通った、耳触りのよい美しい声だ。
もうちょっと眠っていたいから、
耳元で子守唄を歌ってほしい。
……。
(――いや、誰だよ!)
重いまぶたを必死にこじ開け、声の主を確認する。
「よかった、起きたのね」
目と目が合った。
俺の恥ずかしい寝顔を、じっと覗き込む少女。
年は15〜18歳くらいだろうか。
完全には成熟しきっていない、幼さの残る顔立ち。
北欧系の白くて整った容姿をしている。
瞳と髪は、きれいな紫色。
俺よりも若いはずなのに、妙に大人びた、落ち着いた雰囲気を
ドキッとしてしまう、大人の色気だ。
俺はしばらくフリーズしてようやく、
この少女に膝枕されていることに気がついた。
――ガチンッ!
「あ、すまん!」
「ア゛いっダ〜〜〜いッ!」
驚いて飛び起きた拍子に、
意図せず頭突きをぶち込んでしまった。
なぜか俺はまったく痛くなかったが、
少女には大ダメージが入ったようだ。
「ヒール!ヒール!」
――バタバタバタ!
さきほどの落ち着き払った少女はどこへやら。
地面を転げ回り、足をばたつかせ、
おでこに回復スキルを連発している。
※俺のせいです。ごめんなさい。
「誰だか分からないが、申し訳ない!
おでこ大丈夫か?
って、その耳はもしかして――」
のたうち回る少女をよく見てみると、
明らかに人間のものではない、
先のとがった長い耳が見えた。
(――この子、エルフじゃん)
ゲームの世界でしか見たことがない、
架空の存在が、今、目の前にいる。
==========
「ぜんぜん大丈夫だよ(泣」
少女は涙目だったが、俺を責めたりはしなかった。
逆に、こちらを気遣って平静を装ってくれている。
胸が痛い。
「本当に申し訳ない!」
「ヒールで治したし、ホントに大丈夫よ。
そんなに謝らないでよ」
不慮の事故だが、女性に暴力を振ってしまった。
ちゃんと反省しなければ。
「それに、わたし今けっこう嬉しいの。
久しぶりに、同じエルフに出会えたから」
少女が穏やかに微笑みながら、瞳を輝かせる。
同じエルフに出会えた……。
彼女はそう言うが、辺りを見渡しても、ここにエルフは1人しかいない。
どうやら、俺をエルフだと勘違いしているようだ。
(どうしよう、なんか勘違いしてる。
俺、エルフじゃないんだが。
嬉しそうだから、あまり水をさしたくないが――)
「あー、いや、俺はエルフじゃないぞ。
耳見てみ、めっちゃ丸いだろ?」
「え、そうなの?
たしかに、不思議な形の耳だとは思っていたけど。
ドワーフやハーピーではないのよね?」
ドワーフやハーピーではない。
背丈の小さいガチムチおじさんではないし、
レッドブ○〜翼を授ける〜も飲んでいない。
人間、それもただの一般人です。
(いや、待てよ。
この子、人間を見たことがないのか?
俺たちがこの世界に来たのは最近のことだから)
「俺は人間って種族に属している。
知っているか?」
「ニンゲン?」
少女は首をかしげる。
やっぱり、知らないみたいだ。
となると、
この世界には、人間の原住民はいないのだろう。
「あー、そこらへんについては後で詳しく説明するから、ひとまず、自己紹介とかもろもろの情報交換をしないか?」
「いいよ〜」
そんな軽いノリで、一問一答が始まった。
Q:まず、お名前をお聞かせください。
「わたしはルナリア。
エルヴェの森出身のエルフよ」
ルナリアさんですね。
初めまして、私は佐藤です。
日本出身のサラリーマンです。
「サトー(佐藤)ね、こちらこそ初めまして。
あと、ニホンってどこ?
サラリーマンってなに?」
それも後で話します。
Q:ここはどこですか?
「ダンジョンの第9階層、セーフエリア。
8階層で寝てたあなたを、ここまで連れてきたの」
あ、それはどうもありがとうございました。
なるほど、セーフエリアか。
どおりで、よく見る草原が広がっていると思った。
6階層と同じつくりをしている。
でも、なんだろう。
妙に生活感がある。
木でできた机や椅子、ハンモックなんかもある。
Q:ルナリアさんはどうしてここに?
「それは、簡単な話だよ。
わたしは迷宮探索者。
あなたが来るよりずっと前に、
この階層まで1人で攻略してきたの」
「へぇ、ということは、あの龍にも勝ってるんだな。
見た目によらず、けっこう強――。
ちょっと待ってくれ」
ふと、俺は疑問に思った。
ゲームやラノベにおいて、エルフという種族はとても長寿な亜人族として知られている。
300年とか、500年とか。
中には1000年生きた化け物だっている。
そしてそれ故に、エルフは往々にして時間感覚がバグっている生き物として描かれてきた。
そんなエルフが今、『ずっと前』と言った。
嫌な予感しかしない。
「ずっと前って、どれくらいずっと前なんだ?」
このエルフはどれくらいの期間、
このダンジョンに住み着いているのだろうか?
「うーん、たぶんだけど、70年くらい?」
「うん、まだ俺生まれてないな!」
案の定、エルフの『ずっと前』はちゃんと『ずっと前』だった。
なんでこんな何もない場所にずっといられるんだ?
さすがに悠長すぎないか?
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次回:エルフの『決断』
あと4〜5話でダンジョンクリア。
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