第三十二話 目覚め
レインブルグ邸の一室――。
爆発と火災の爪痕が残る中でも、ここは比較的被害が少なかったうちの一つ。
壁の一角には煤の跡が残るものの、調度品は原型をとどめ、カーテンも焦げずに済んでいる。
「……ふぅ。ここなら、なんとか使えるな」
ロゼリアがテーブルの上に調整用のツールを広げながら呟く。
俺とロゼリア、それにセバスチャン。
“報告と修復”会議の面々だ。
ロゼリアは椅子の背にもたれ、義手の接続部を指でなぞっている。
俺がざっと修復してはあるが、調整は自分でしないと、細部の微妙な具合が"ズレる"そうだ。
ま、確かに感覚的な調整は本人じゃないとできないしな。
一方、セバスチャンはというと、包帯を巻いた左腕を押さえながら、静かに俺たちの前に座っていた。
背筋はピンと伸び、まるで未だ任務中の軍人のような姿勢だ。
何とか無事だったゴードン達と一緒に治療処置を受けには行かず、こうして残っている。向こうはセシリー付きのメイドが仕切るとのこと。
さて――まずは、状況確認。
セバスチャンの話によれば、すべてはセシリーの“覚醒”から始まったらしい。
「セシリーお嬢様が目を覚まされたのは、本日、昼前でございます」
セバスチャンが静かに語り出す。
「お目覚めに喜ぶのも束の間、どうにも様子がおかしかったのです。違和感があるというか……。当初は、意識混濁からの復帰による、記憶の齟齬などかと思っておりましたが……」
ロゼリアが顎を上げて促す。
「違和感ってのは?」
「……“セシリーお嬢様”であって、“セシリーお嬢様”ではなかった、という感覚でしたな」
セバスチャンの低い声が、淡々と響く。
「言葉遣い、視線、仕草。端々で別人のような印象を受けました。
特に、ルシア様を見ても、反応が薄く……」
義手の調整の手を止め、ロゼリアが短く息を吐く。
「まるで"別人格みたい"ってか」
セバスチャンがうなずく。
「ええ。そこに私と旦那様が加わり、状況を確認していた矢先――屋敷が襲撃されたのです」
「タイミングが良すぎるな。まるで“誰か”が覚醒の瞬間を狙ってたみたいだ」
「……ふむ」
俺も同意する。
そもそも、意識が戻ったばかりの少女があれほど冷静で、あれほど戦闘に適応してたってのが、普通じゃない。
まるで"誰かに操られていたように"
「次だ。襲撃してきた“お嬢様方”に共通点が見つかった」
ロゼリアが端末をいじりながら読み上げる。
「全員、ヴィーラ社の“デザイナーベイビー”だった」
「ちなみに……ルシアやセシリーも?」
俺の問いに、セバスチャンが答える。
「はい、ルシアお嬢様がお生まれになった時節に、この手のDNA調整が上層で流行りまして……。旦那様方はあまりご興味はなかったのですが、他家との関係性もあり、そのまま」
どこか当時の様子を思い出す様に目を細めて語る。
「セシリーお嬢様は先天性のDNA異常が見られたため、治療として行っておりました。生後すぐは問題なかったのですが、しばらくした後、ウイルスが発症して、一時は生命の危機に……。
その際、治療バックアップをしたのがヴィーラ社でございます」
ロゼリアが端末を操作すると、“デザイナーベイビー”の対象となった、複数の顔写真とデータがホログラムに映し出される。
生まれながらに完璧な骨格、美貌、知性。だが、どの顔にも“共通した人工的な均整”がある。
『母胎のDNA操作による身体能力と知能強化プラン』――管轄は第二技術局。
ホログラムに表示された幾人もの顔の共通項をシミュレーションして、調整すると、そこに現れた顔はまさしくセシリーの顔そのものだった。
そして、その顔に該当する人物がもう一人。
オラフ・カーヴェルの娘、その人だ。
ホログラムでは、瓜二つの顔が横に並ぶ。
「さて、ここで第二技術局の情報だ。さっき諸々のデータを取得できた」
彼女が端末をスライドさせると、別のホログラムが立ち上がり、白髪の男の顔が浮かび上がった。
「ヴィーラ社 第二技術局局長、オラフ・カーヴェル。
元々は医療系の研究者だったらしい。生体ナノマシン、肉体制御チップ、人格形成AI……その辺の分野じゃ第一人者だったそうだ。
娘が一人いたが、元来体が弱かったらしくてな。その為にこの道に入ったらしい。
だが三年前、娘を亡くしてから様子が変わった」
セシリーと同じ顔のホロが灰色に染まる。
「仕事はするが、ほとんど自社の研究施設に籠りっぱなし。噂じゃ、人体実験まがいの“私的研究”をしてたって話だ」
娘を失って、理性のタガが外れたってわけか。
「おまけに、同時期から傭兵どもを買い漁って、私兵化してたらしい。
ただ、なまじ功績を上げてるから切るに切れず、周囲からは、ほとんど“企業の爆弾”扱いだな」
「……オラフ・カーヴェルは、自身の娘の"器"を作ってたのかもな」
俺の声に、部屋の中に重たい沈黙が落ちた。
焦げた空気の中で、遠くで鳴る医療ドローンの電子音だけが響いている。
――ま、聞いてみれば分かるか。
にやりと笑った俺を怪訝そうに二人が見る。
俺の愛車から持ってきた"保存用ボックス"。
金属製の留め具を外すと、わずかに空気が抜ける音がして、冷却ガスの白い靄がふわりと立ち上がった。
「灰島様、それは……?」
セバスチャンが首を傾げる。
彼の眉間には、年季の入った皺が寄っている。
ロゼリアは、俺の手元を見て目を細めた。
「おい、まさか……」
その“まさか”だ。
ロゼリアの問いには答えず、ボックスの中から慎重に“それ”を取り出す。
冷却空気のフィルムが剥がれた瞬間、淡い蒼の髪がふわりと揺れた。
精巧すぎるほど精巧な、人間の頭部。
――セシリーの顔。
いや、恐らく、正しくは“オラフ・カーヴェルの娘”の顔のアンドロイド。
俺は蒼い髪の少女の頭部をそっとソファの上に置いた。
その肌には血の気こそないが、陶磁のような滑らかさがあった。
目を閉じたその顔は、まるで眠っている人間のようだ。
「……セシリーお嬢様?」
セバスチャンが息を呑む。
長年仕えてきた“ご令嬢”の面影を、その顔に見たのだろう。
俺は軽く息を吐き、いつものように"修理"する。
両手を上げ、体があるであろう部分に手を添える。
そして目を閉じて念じる様子を見せる。
すると、少女の首から下――存在していなかった身体が、淡く発光しながら形を取り始めた。
静電気のような光がパチパチと走り、骨格が組まれ、金属の線が神経のように伸びていく。
筋肉、皮膚、そして服。
まるで時間を逆巻くように、失われた体が再構築されていく様は――何度見ても、どこか神聖ですらある。
ロゼリアがぽつりと呟いた。
「……何度見ても化け物じみてるな、お前の“修理”は」
モノの数秒。
光が収束し、静寂が戻る。
そこにいたのは、完全に修復された一体のアンドロイド――蒼い髪の少女。
その姿を前に、ロゼリアとセバスチャン、どちらとも知れぬ喉がゴクリと鳴った。
その音を合図にしたかのように――
“彼女”が、目を開けた。
パチリ。
機械の虹彩がゆっくりと収束し、視界の焦点を合わせる。
高級機種特有の、ほとんど音を感じさせない静かな駆動音。
その小さな動作ひとつに、息を呑むほどの精密さがあった。
パチ、パチ、と数度の瞬き。
そして、ゆっくりと上半身を起こす。
最初に向けられた視線は、俺ではなく――セバスチャン。
「……セバスチャン?」
淡い声が、部屋に落ちる。
まるで“夢の続き”のような響きだった。
「どうして……? 私、治療チップを使って……それで――」
セバスチャンの顔から血の気が引いた。
手が震え、目を見開く。
「……せ、セシリーお嬢様……?」
その呼びかけが、まるで祈りのように震えていた。
そして、アンドロイドの少女――“彼女”は、自身の置かれた状況が分からず、こてんと首を傾げていた。
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