第十五話 ドクターの依頼、俺の依頼

 腰にまとわりついてくるのは、見た目六歳かそこらの少年。

 だぼだぼの白衣を羽織り、その下には場末のアイドルみたいなぴっちりホットパンツ。上に着ているインナーもぶかぶかで、袖がひらひら。

 靴なんざサイズが合ってねぇもんだから、歩くたびに「かっぽ、かっぽ」と間抜けな音を響かせる。


 赤茶色の癖っ毛がふわふわと揺れ、大きな瞳は一見すると無邪気なガキそのもの。

 だが、よく目を凝らすと虹彩の奥を電子信号が走ってキラキラと瞬いている。──その光は人工の輝き。

 そして、その奥底にあるのは無邪気さじゃなく、狂気のイロだ。


「おいおい、なんだその目は。ジロジロ見やがって……さてはお前さんも、この俺様の色香にメロメロってやつかぁ?」


 俺の腰に回していた手を離し、甲高い声で吐かれるのは、どう聞いてもくたびれたおっさんのセリフ。

 脳がバグりそうになる。


「見ろよ、この脚!」


 そう言って、俺の前で椅子にちょこんと座り、ホットパンツから伸びる細っこい脚をぶらぶらさせながら、俺に見せびらかす。


「外見はただのキュートなボディだがなぁ、中身は別物だぜ? トリプルスプリングを圧縮変形させて、さらに指向爆発性の流体金属で循環──! おかげで瞬間出力なら車にだって勝てらぁ! ……ま、その直後に爆散するんだがな!」


 キャッキャと子供のように笑い転げる。

 だが言ってる内容は爆発四散の人体実験。冗談にするにもタチが悪い。


「……相変わらずやかましいな。で、忙しいって話だったが、良かったのか?俺は助かるが」


 俺がそう声をかけた瞬間、コイツは足の指を器用に動かし、俺の胸元をスルスルと這い上がってくる。

 ぺし、とその足を叩き落とすと、わざとらしく「ああん♡」なんて声をあげて泣きまねだ。


 ……本当に救えねぇ。

 外じゃもっとタチが悪い。仕草もセリフも"そういう商売"の少年そのもので、仕事相手を転がして楽しんでる。

 本人は「趣味さ、趣味。楽しいんだよ」なんて抜かして、ついでに客とのプレイ映像まで送りつけてきやがる。


 ──どんなリアクションを返せばいいってんだ。


「ああ、そうそう、忙しかったんだよ。いや、正確には今も忙しいんだ。ただな──お前さんが来たら話は別だ。悪いが、ちょいと相談がある」


 そう言って、ドクターは床に転がしていた靴を、ぞんざいに足先でつっかける。

 かっぽ、かっぽと音を響かせながら、まるで探検でも始めるみたいに奥へと歩いていった。


 やれやれ。何を持ちかけるつもりだ。

 そう思いつつも、背中を追う。


 先ほどまでやり取りをしていた部屋は処置室。主にドクターの"患者"が通される場所。

 そこをから通路を通り奥へ。


 踏み入った先は、こいつの個人スペースだ。

 広さはあるはずなのに、雑多なガラクタで狭苦しい。机や椅子が足の踏み場を奪い、奥にはやたらデカいベッドが鎮座。天井には鏡が仕込まれていて、趣味の悪さがこれでもかと主張してくる。


 部屋のあちこちに転がるのは、用途不明のアンプル、規格外のプラグ、卑猥な映像を途中で止めたままチカチカと明滅する電子ペーパー。

 有機物と無機物が混ざり合った悪夢みたいな空間だ。


 ここまでは俺も足を踏み入れたことがある。だが、今日はさらに奥。

 ドクターが「俺の宝箱さ」と言って、誰一人入れたことのないとされる部屋。

 そこの扉の前で、ガキの姿をした変態は、両手を器用に動かしてロックを外していく。


 二重……いや、三重か。複雑なセキュリティを次々と解除していく様子を眺める。



 ピーッ、と甲高い電子音が鳴り、最後のロックが解除される。

 ドア脇のボタンを押すと、分厚い扉が静かにスライドしていき、隙間から冷たい空気が漏れ出した。


 ちらりとこちらを見やったドクターが、口角を吊り上げる。


「ほら、来いよ」


 その笑みは、子供の顔に貼りついた悪魔の仮面にしか見えなかった。


 俺も一歩踏み出し、中に足を踏み入れる。

 最初の部屋は狭い。天井から床まで、びっしりとクリーン装置が取り付けられており、入った途端、プシュッ!と四方からエアクリーンの風が吹き付けてきた。

 白衣の裾をばたつかせながらドクターが言う。


「ここはな、ちょっとデリケートな場所でよ。俺の宝箱は、ホコリひとつ許さねぇ」


 髪を風で散らされ、顔をしかめる俺。

 鼻をつくクリーンナノマシン独特の化学臭が喉を刺す。どうにも好きになれねぇ匂いだ。


 除染が終わると、ドクターが先に進む。俺も後に続き、二枚目のドアが開かれる。


「ようこそ──俺の宝箱へ」


 彼が壁のスイッチを叩くと、奥へ向かってパッパッと天井のライトが順に点灯していく。

 光に浮かび上がった光景に、思わず息をのむ。


 壁一面、床から天井まで、透明な培養ケースが並ぶ。

 その中に収められているのは、眼球、手足、耳、性器──ありとあらゆる人体のパーツ。

 瞳はぷかぷかと液中に浮かび、光を反射して不気味に煌めく。

 一番奥には、生まれたままの姿の全身がゆらゆらと揺蕩っていた。無数の気泡が肌を這い上がり、色とりどりの髪が水面に広がる様は、まるで眠れる人魚だ。


 ぞわりと背筋を冷たいものが走る。

 義体用パーツかと思ったが、よく見ると違う。ケーブルも、インターフェイスもない。

 断面には、生々しい筋肉と骨が剥き出しのまま。義体じゃない、ナチュラルの“部品”だ。


「こいつらは、義体じゃねぇな」


 思わず口にすると、ドクターが俺の隣に並び、培養液を食い入るように見つめながら呟いた。


「俺はな──俺が思う最高の“ナチュラル”になりてぇんだよ。義体なんかじゃねえ、けど義体よりも強くて、美しい。神が作った体を超えて、神より優れた俺を作る。それが夢だ」


 吹き出しが浮かぶ。


《この体も悪くねえ、だが足りねぇ。俺は神の造形を越えるステイタスを、この手で作り上げるんだ》


 恍惚とした眼差しで培養槽を見上げる姿は、科学者でも研究者でもない。もはや狂信者のそれだ。

 はぁ、とため息を吐く。要は──ナチュラルだけど義体より強くて、アンドロイド以上にカッコいい「俺様」になりたいってことか。

 ……まぁ、俺に害がなけりゃ勝手に夢見てろって話だ。


「で? お前さんの夢物語はわかった。けどな──ここに呼んだ“話”のタネは別にあるんだろ」


 俺が言うと、ドクターはハッと我に返り、慌てて頭を振った。


「おっと、悪い悪い。ついトリップしちまった」


 にやりと笑い、奥の通路を指さす。


「こっちだ。本題はここからだぜ」



 脇の区画に足を踏み入れると、さっきまでの整然と並んだ培養ケースとはまるで趣が違っていた。

 そこにあったのは、飾り気もなく無骨な医療用カプセル──透明な蓋を備え、重傷者を仮死状態で保管するか、あるいは脳死した肉体を義体と交換する前の一時置き場として使うような代物だ。


 その中に、ひとりの女が全裸で横たわっていた。

 年若い。まだ二十そこそこだろう。顔立ちは整っていて、美人と形容して差し支えない程度には見目がいい。

 だが、先ほど見せられた“ドクター製”の理想化された肉体と比べると、どうにも儚げで貧相に映る。


「仮死状態なのか?」


 思わず口に出る。

 このカプセルの用途を考えれば、当然の疑問だ。


「いんや、完全に死んでる。容れ物がなかったから、ひとまずここに入れてあるだけだ」


 ドクターは肩を竦めると、口元を歪めて続けた。


「大事なのは──なぜこいつがここにいるか、だ」


 ただの死体じゃないのか?

 俺が訝しげに視線を送ると、ドクターは頷き、赤茶の癖っ毛を揺らした。


「ただの死体なら、わざわざ運んできたりしねぇよ。こいつはな、ウチの店の常連の娘さ。パーソナルデータなんざどうでもいいが、いわゆる“いいとこのお嬢さん”だ」


 再びカプセルを覗き込む。

 言われてみれば、店の隅で何度か見かけた顔かもしれん。


「で、こいつがどうした?」


「こないだな、店で飲んでる最中にいきなり暴れだしたんだ。ただの女一人、抑えるくらい簡単なはずだったろ? ところが強化義体のガードが二人、治療室送り。一人はそのまま死亡。……そういう有様さ」


 ドクターの声はどこか愉快そうだ。


「ひとしきり暴れた後でようやく抑え込んだと思ったら、すでに心肺停止。で、不審なもんを探ったら──こいつが出てきた」


 白衣のポケットから端末を取り出し、俺に突き出す。

 画面には、女の首筋に埋め込まれていたチップの画像が映っていた。

 見覚えのある形。忘れるはずもない。


「取り出した直後、勝手に発火して消えちまった。……全く困ったもんだ。監視カメラのデータにかろうじて残ったのが、この画像だ」


 カプセルに指先を這わせ、死んだ娘の肌をなぞるようにしながら、ドクターは低く笑う。


「……コルドーのとこに、この手のチップが流れたろ?」


「……耳が早ぇな」


「上層でゴタゴタがあった噂は流れてたからな。妙なチップが界隈を回ったって話も耳にした。……で、コルドーと繋がってるのはお前くらいだ」


 続きを促す。


「俺は“最高の俺”を作りたい。そのために、既存の肉体がどんな出力を叩き出したか、そのデータが欲しいんだ」


 ……なるほど。

 だが奇遇なことに、俺も同じネタを抱えてここまで来たんだ。


「そうか。そいつは話が早い。俺もこのチップについて相談しようとしてきたんだ」


 俺はにやりと笑い、ジャケットの内ポケットに指を突っ込む。

 そして──まさしく画像に映っていたのと同じチップを、掌に載せて見せた。

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