正義
ハクムレイ
第1話
母・真美(マミ)は、最近体調が優れなかった。ある日、隣人が回覧板を届けに来たが、インターホンを押しても返事はない。窓からリビングを覗くと、マミが痙攣して倒れているのを見つけた。慌てて救急車を呼び、数時間後、夫・治(オサム)にも知らせが届く。
病院での検査の結果、マミは脳卒中だった。手術をすれば助かる可能性は高いが、妊娠中の母体と胎児、どちらかに危険が及ぶ可能性がある。母は悩んだが、毅然として言った。
「この子を産むためなら、私は大丈夫」
父も息子も深く心配した。特に小学5年生の息子・誠(マコト)は、同年代の子とは比べ物にならないほどの知能を持ち、父のように「悪いものをやっつける人」になりたいと強く思っていた。母がいつも「お父さんは人を守る人」と話していたからだろう。
手術の2日前、治は同僚との飲み会を終えて夜遅くに帰宅した。「ただいま」と玄関を開けると、遠くから誠の声が聞こえた。「おかえり!」。その声に少し安心しながらリビングに向かうと、そこには誠しかいなかった。
「あれ、マミは?」
疲れて寝ているのだろうと思った。しかし、誠の服に目が止まった。赤黒い染み――血だった。治は言葉を失い、恐る恐る尋ねた。
「マコト、これはどうしたんだ…?」
誠はにっこり笑った。
「悪いものをやっつけたんだよ。ママ、ずっと助けてって言ってたから…」
治は心臓が止まりそうな思いで寝室へと足を運んだ。そこに広がっていた光景は、あまりに現実離れしていた。母・マミは冷たく横たわり、赤ちゃんは血まみれで、かろうじて小さな命を宿していた。
「なんで…どうして…」
父が声を震わせると、誠は静かに歩み寄り、手を合わせた赤ちゃんを見つめながら言った。
「僕も、はやく悪いものをやっつけたかったんだ。そうすればパパみたいに、みんなを守れる人になれると思ったから」
父は背筋が凍った。息子の瞳は純粋そのものだ。しかしその純粋さと狂気の距離が、父には理解できなかった。誠にとって、悪を討つことと命の秩序を壊すことの境界は、まだ混同されていたのだ。
外の風がカーテンを揺らし、静まり返った家に微かなざわめきだけが響く。その時、誠はふと父の目を見つめて微笑んだ。
「ぼくも手伝うよ、パパ…」
⸻
正義 ハクムレイ @hkm_0
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