お母さん、始めました。

 通っている整形外科の待合室のテレビから朝のワイドショーが流れている。


 近頃、テレビを見るなんて、病院くらいだ。


「朝から気分が悪くなるから、見たくない」


 息子にいわれてから、我が家のテレビは沈黙している。


 コメンテーターが、若者言葉をクイズのように答えているが、ちょっと気持ち悪い。


 同じ様に、若い頃があったろうに…


 ふと、そんな事を感じながら、開く頻度が下がったSNSのアプリを開いた。



 最近の私は忙しい。



 仕事や、家事は、まあ、いつもの事だ。


 私には、やらなければならない事がある。




 先日の夜、息子が物凄く思いつめた顔をして私に話しかけてきた。




「…どうしよう。もう時間がない」


 なんだ?受験の悩みか?と、思い、気持ちを逆撫でしない様にと考え、軽く尋ねた。



「何?なんかあったん?」


 ケロっとしている様に見えて、内心はちょっとドキドキする。



「…中村さんのキャラが、実装するんだ」


 うん、ゲームの話だったか。



 ——心配して損した。



「受験終わったらやればいいじゃん」


 私は普通に、そう考えた。



「なんか、友達に聞いたら、今回逃すと、また今度、いつ来るか分からないんだって…」


 シーズン限定なのね、ソシャゲのガチャは、大変そうだ。


 

「しかも、PSサ終で、スマホに移すにも、使ってるスマホだと、スペック的に無理!」


 スマホは…使わないからって、わざわざ、低スペックを自ら選んだよね?


「どっちらにせよ、受験生だから詰んだ!」


 確かに、今やる事じゃないわな…



 息子がそのゲームを始めたのは、友達が好きだから、といって始めていたはず。


 あまり好みではなかったのか、テンションが上がらなかったと言っていた。


 もし、今までのデータを、スマホに移行できたとしても、ガチャに使うアイテムも足りないらしい。



 じっと、期待した目で、こちらを見る息子。


 目が、助けてと言っている。



 ——まずい流れだわ



 最近の息子は、なんでも自分でやる様になってしまった。


 頼られる事なんか、ほとんどないのだ。



 金か?金が欲しいのか?


 だが断る。



 ただ、この瞳には、見覚えがある。



 もしかして…



「…私が、やればいいのか?」


 ゲームが苦手な私は、息子に甘かった。



「いいの?」


 願いが伝わり。パァァっと笑顔になる息子。



「くっ…ガンバリマス」



 昔からそうだ。


 妖怪◯ッチも、ポケ◯ンも、仲間を集めた。ドラ◯エのレベルも上げた。


 息子からのお願いには、散々時間を使った。


 息子のおねだりは、ゲームか、ご飯の献立くらいだったから、全力で叶えてきたけれど


 まさか、今になっても頼られるとは…


 仕方がないなぁ、なんて言いつつ、私はちょっと嬉しかった。


 スマホにダウンロードし、少し触って見るも滑るからやり難い。


 でも、探索したり、敵を倒したり、敵から逃げたり。


 敵から逃げたり…そして、敵から逃げたり


 宝箱を見つけ、さらに敵から逃げたり


 折角集めた素材も、落下したり、爆破したりで、回復に利用してどんどん減っていく。



「逃げちゃダメだ!」



 敵前逃亡していては、目標が達成できない。


 私は結果が欲しいんだ。


 息子の笑顔が見たい。



 気がつけば、アマ◯ンで、スマホ用のコントローラーまで買ってしまった。




 母、ついにソシャゲデビューしました。




 帰宅した息子に、


「息子の為にソシャゲ頑張る母って、なんか本末転倒って言うか。意味わからないよね」


 と、笑われた。



 ——お前が言うな!


 と思いながら、受験勉強中、束の間のひととき、笑ってくれた。


 だからお母さん、忙しいけど頑張る。



 私が頑張れば、息子の笑顔が見れる。


 ゲームは苦手だけど、幸せなんだよなぁ













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