第5話 レヴィアは怒らせてはならない
翌朝、長老が孤島へ帰っていったが、その方法に驚かされた。
長老は遠話で孤島にいる白竜のじいちゃんと会話しながら、島の中央部分にある石で囲まれた場所に
「……これは?!」
「
レヴィアは呆れながら説明してくれる。
彼女がじいちゃんに使った魔法は大地を流れる力を利用して移動するものらしい。
通常、大地の力は地中に脈を打っているのだが、それを地上まで呼び寄せ、その脈動を通じて遠方間を行き来することが出来る。
大地の力を人族は龍脈と呼ぶそうだが、この魔法は竜族のように魔力に長けたものでないと使いこなせないとのことだ。
そう言えば長老からの言いつけで一年に一度は孤島へ帰るんだっけ……。
何度もあんな大海を行き来しなくて済むならそれに越したことはないけど、そんな重要なことがすっぽり頭から抜けていた自分に嫌気がさしてくる。
「本当にキミ、大丈夫?」
レヴィアは
ってゆーか、正直俺も不安だ。
「まあ、もう、ここまで来てしまったのだからしょうがないけど、後のことはおいおい教えて行くしかないわね。この島で出来ることなんて限られているわけだし」
盛大に溜息を付くレヴィアに俺は居たたまれなくなる。
「とりあえず今後の事だけど――」
この島から船で北西に向かえば三日とかからず近場の港町にたどりつくという。
そんな近い距離でレヴィアと俺がいろいろな修行を行えば、間違いなく異質な存在に気付かれるそうだ。
この島は竜族にとって大陸への大切な玄関口であり、人族にその存在を知られるわけにはいかない。
体面上は、そこそこ裕福な貴族が気晴らしに住んでいることになっている。
「なんだか、本当にごめん」
「あやまる必要はないわ。どうせ、一ヶ月くらいはキミと一緒に大陸で過ごす予定だし、ゆっくりと教授――」
「えっ?」
「……えっ?」
大陸でレヴィアと一緒に過ごすなんて長老から一言も聞いてなかった俺は驚いて思わず叫んでしまった。そんな状況に今度は彼女が絶句し、そして見る見るうちに顔が紅潮していくのがわかった。
「そうかそうか、なるほどなるほど。うん、キミは悪くない。キミが悪くないのはわかった。だから安心して――あのクソジジイが全部悪い!!」
「……う!?」
レヴィアの黒髪が逆立ち、目の色が赤く輝き始める。
その秘められし圧倒的な力でグンッと圧迫され、俺は一瞬息も出来なくなった。
「あらら、いけないいけない」
凄まじい力が一瞬で空を駆け巡り、竜巻となって上空で渦を巻き始めようとするのを見て、レヴィアは平静を取り戻した。
一度渦を巻き始めた雲はあっという間にもくもくと大きさを増してゆき、積乱雲となってさらに巨大化していく。
このままでは台風なみの低気圧が出来るのではないか、というところでレヴィアが得物の槍を取り出し虚空に一閃、そのまま雲は飛散して何事もなかったかのようにまた青空が現れた。
その力をマジマジと見ていた俺は、絶対に彼女を怒らせることだけはしないと誓うのだった。
―――
「ともかく出発しましょう!」
レヴィアの号令を合図に眷属の4人が出航の準備を整え、あっという間に海へ出る算段となる。
島の入り江にあったのは10人以上乗り込めそうなそこそこ大きい帆船だったが、動力は魔法とのことで、特に何か手伝いを求められることもなく、船はスイスイ進んでいった。
オーケアニデス族は優秀で、レヴィアと俺は船旅の間、たまに大物が襲い掛かって来て若干の手伝いをする以外はほとんど船室にいるだけで済んでいる。
それにしても船旅で海から生き物が襲ってくると考えていなかっただけに、角のようなものが口ばしに生えた大きな魚や足が何本もある白く巨大な生き物が船目掛けて突進してくる光景は驚きの連続だった。
レヴィアによれば大陸近海は基本的に平穏なのだが、たまに大物がいるそうで、彼女やオーケアニデス族の莫大な魔力に惹かれて襲い掛かってくるとのこと。
ちなみに孤島近海はとんでもない海の怪物が住んでいるのだが、竜族の力に怯えて海底の奥底から出てこないそうだ。たまに出てくると長老たちがこぞって捕獲し、豪華な夕食に変わっていたらしい。
……そんなの初耳なんですけど。
「普通に海で魚を獲るのも怪物クラスを捕獲するのも長老たちにすれば大して変わらないことだから、今まで知らなかったのも無理ないわね」
レヴィアは呆れ半分で、笑いながら俺に教えてくれる。
そんなわけで、船に向けて襲い掛かってくる巨大イカや巨大カジキらをレヴィアの優秀な眷族たちが狙い違わず槍や魔法で仕留めていくのに感心しながら、俺たちはこれからのことを話し合う為船室に戻った。
「まずは人族の中で過ごすにあたって、これだけは絶対に守ってほしい、っていうことの確認ね」
レヴィアはもはや長老の教えに期待せず、一から指導することにしたようだ。
長老から何度も聞かされたけど、確認の意味合いでよく聞いておこうと思う。
「人族はとにかく異質を嫌う。私たちが竜族だと分かればほぼ間違いなく徒党を組んで追い払おうとするでしょうね。キミがまず絶対に守らなきゃいけないのは竜族だとバレないようにすることよ」
これは長老にも繰り返し言われ続けてきたことだ。
人族は魔法を使えるとはいえ、その能力は竜族に遠く及ばない。だから力を制御することは最優先事項であった。
それさえ気をつければ、あとは鑑定魔法に引っかからなければよい。
「へぇ……確かに種族が【人族】になっているね」
詐称魔法は結構難しいのよ、とレヴィアは初めて俺を褒めてくれた。
俺は魔法がとにかく苦手で、基礎となる四元素さえ軒並み低空飛行だった。それぞれの系統の初歩魔法すら悪戦苦闘する状況で、四元素以外の魔法である詐称魔法が使えるというのはなかなか珍しいことらしい。
「仮に誰かが看破魔法を使ったとしてもまず見破られないレベルね。凄いじゃない」
何が凄いのかいまいちよく分からなかったが、俺は幸先良く褒められてうれしかった。魔法が苦手という意識が強かっただけに喜びもひとしおだ。
この詐称魔法が使えるようになっただけでも三年間の苦労は無駄じゃなかったとしみじみ思う。
「次は力の制御ね」
「それは任せて」
「言うね、キミ。それならテストしよう」
これは自信があった。長老のあの過酷な特訓に耐えてきただけあって、俺の剣の腕はかなり上達したと自負している。
俺が身構えるのを見てレヴィアは再び槍を持つと、船室が壊れない程度の鋭い攻撃を繰り出してきた。
「うわっ、とっ、とっ」
油断していたわけじゃないが、明らかに長老の槍よりも早くて鋭い突きなのに、確実に俺の死角に狙いを定めてくる。
長老は剣の方が得意だったが、それにしたってレヴィアの槍による攻撃はとんでもなく素早い。もしかすると長老より槍の腕は上かもしれない。
なんとか剣で振りほどいてかわしきったが、素手だったら確実に腕か胸を突かれていただろう。
「合格、なんて言える立場じゃないわね。まさかほとんどその場に居たまま僅かな動きでかわされると思わなかったわ。これなら人族相手でも剣術の腕が凄いようにしか見えないし、逆に私の方こそ、その技術を学びたいくらいよ」
どうやら無事、レヴィアの信頼を得られたようで少し胸を撫で下ろす。
ただ、これはもともと竜人の姿で生まれた俺だから出来ることだと思う。
竜の姿を無理やり竜人化しているレヴィアに比べると、俺は自然に動いているだけだ。竜人化の秘法で本来の一割の力も発揮できない彼女より劣っていたらそれこそ竜族を名乗る資格なんてない。
「それでは次、人族の常識や生活習慣についてね」
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