52話 グラーノフ奪還戦 1日目 待ち伏せ

 その扉を開けると、冷たい空気に満ちた寂れた裏通りに出た。地下の湿気とカビの臭いとは違う、埃と油の臭い。


 次の瞬間、ヤコブの視線は、裏通りの影から姿を現した一人の男に釘付けになった。その男の頭部には、雷雲の中を獰猛に泳ぐ龍の刺青が深く彫り込まれている。


 男は、ヤコブと民兵隊の一団を見るや、狂ったように大声を上げた。


「あいつらが、ようやく来たぞ!!」


 その言葉は、警戒の叫びというよりは、獲物を見つけたことに対する歓喜の咆哮であった。


 ヤコブの顔に、緊張が走る。どうやら、この秘密の通路は既に漏れており、彼らに待ち伏せされていたようだ。男の背後からは、1000人近い山賊まがいの無法者たちが、得物を手に次々と湧き出てくる。恍惚とした表情をした男は、龍の刺青を優しく撫でる。


「俺の名は、アシュラ。盗賊団の頭領だったんだんだがなぁ、ヘマをして投獄されちまった。まぁ、今は犯罪者ども率いて、好き勝手やってるわけよ」

「伏せろ! 右翼部隊、頼む」


 アシュラ率いる盗賊部隊から、銃器による激烈な一斉射撃が叩き込まれる。この激しい火力に対抗するため、巨体と重装を活かしたゴーリキ率いる右翼部隊は、最前線に躍り出た。


 ゴーリキの部隊は「肉の盾」となり、出口の最も危険な射線を物理的に封鎖した。この防御の決死の防御で稼いだ一瞬の時間で、ヤコブは後続の兵士たちを安全に展開した。血の臭いが、辺りに充満する。


「フハハ、あっけないものだなぁ」


 アシュラの高笑いが、隘路あいろに響き渡った次の瞬間。


 ダダダダダダ


 アシュラ部隊の射撃地点を正確に見抜いたヤコブたちが、待ち構えたかのように、カウンター射撃を浴びせる。奇襲を仕掛けたはずの裏路地からの火線は徐々に火力を落とし、中央部隊・左翼部隊はより自由度の高い行動ができるようになった。


 だが……。


 正面部隊からの射撃を一身に受け続けた右翼部隊の「肉の盾」も、すでに限界が近い。ヤコブの頑丈な鎧にもいくつか銃弾がめり込み、赤い血が地面にしたたり落ちていく。


(ここで、この後の作戦のための兵力を無駄に失うことは、論外だ。今、すべきことは……)


 ヤコブは、肉の盾が崩れる前に、大量の煙幕弾、発煙筒を、通路の出口から裏通り全体、さらには、狙撃手が潜伏する市街地へと一斉に投射させた。


 狭い裏通りに、白煙が充満する。


 視界を奪われたアシュラたちは、無闇な発砲は出来ない。ヤコブらの雑踏が隣を通る気配を感じながらも、完全に目を奪われた彼らは何もできない。


 霧が晴れたかのように、煙が街から消える。ヤコブたちの姿は、もうそこにはなかった。


「クソッ、見失ったか」


 アシュラが部隊を後退させようとした、その瞬間。


 ダン


 アシュラの部隊の側面から、鋭い単発の銃弾がねじ込まれた。

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