45話 グラーノフ攻防戦④

 グラーノフの地に野営を布く帝国軍は、この都市をつつむ異様なまでの静けさに、不穏な気配を感じていた。


 数日前に突如として現れた、【真理の灯台】と呼ばれる革命集団。どうやら、このゲリラの中核をなしている存在は彼ららしい。


 グラーノフを私的に治めていた有力豪族・グリューシュは、王都の監視の目を欺きながら、冷酷な独裁体制を敷いていた。度重なる重税により、市民は骨の髄まで疲弊しきっている。


 しかし、その圧政の終焉は突然、訪れた。


 【真理の灯台】は、電撃的な行動で暴君グリューシュを廃位に追い込む。グラーノフという地、そして人心までを完全に掌握したのだ。


 マルクスは、幕舎の椅子に深々と座り、闇夜に揺れる牧草を、ぼんやりと見つめていた。長らく無休の進軍を続けた帝国軍にとって、久方ぶりの安息。


 その静寂を、突然、鈍く重い爆砕音が鳴り響いた。


 ドガーン。


 轟音とともに、野営地の一角から炎が噴き上がる。それは、火炎魔法を付与された、牛乳瓶であった。炎幕が乾燥した夜風によって、瞬時に広がる。兵士たちの短い休息は突如として終わりを告げ、消火活動に駆り出された。


「おいおい、マルクス。お前、ネズミに気づけなかったのか」

「すみません、ガイウス様」


 ガイウスの冷徹な瞳に、炎の反射が揺らめいていた。兵士たちの目は、燃え移るテントに釘付けであった。彼らの意識は完全に火元の鎮火と、突然の攻撃者への警戒に集中させられていた。


 バーン。


 火薬の炸裂音ではない。それは、わずかに離れた地点に設置されていた、帝国軍の補給部隊の食糧テントが、内部からの何らかの衝撃によって破裂した、乾いた響きであった。


「食糧箱だと……? なぜ、弾薬ではない」


 マルクスが眉をひそめる。ガイウスは、そのマルクスの焦りを一瞥し、事もなげな笑みを浮かべて、言った。


「帝国軍には、この他にも3つの予備食糧テントを設置している。そして備蓄は1年以上の長期戦争にも耐えられる量だ。ネズミどもは、我々の補給力を甘く見すぎだ」


彼の言葉には、圧倒的な物量と、正規軍の周到な準備に対する絶対的な自信が窺えた。一つの食糧箱を破壊したところで、この強大な帝国軍の戦線はびくともしない。ゲリラの稚拙な攻撃は、ガイウスにとって、ただの迷惑なイタズラに過ぎなかった。


「だが、この攻撃は、奴らが我々の「常識」を逆手に取ろうとしている、そんな予感はするのです」


 マルクスは冷静さを取り戻し、反論する。


「補給路は安全だと彼らに思わせてはならない。警戒を緩めることは、彼らの策にはまって、抜けられなくなるやもしれません」

「なあに、もうすぐ、補給の問題は完全に解決する」


 しかし、この攻撃の不気味さを、マルクスは肌で感じ取っていた。彼は、その攻撃の「規模」ではなく、「意図」にこそ、真の脅威が潜んでいると確信していた。ただし、今はそれが何なのかは、分からなかった。

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