43話 グラーノフ攻防戦②

「野郎ども! あいつらを、もとの国に帰してやるぞ」


 声が響くや否や、周囲の茅葺き屋根、納屋の影、そして乾草の奥から、市民たちが一斉に飛び出す。彼らは統一された軍服ではなく、使い古した農作業着や皮のベストを身にまとい、その手にはライフルのほか、狩猟用の散弾銃、さらには鎌や棍棒こんぼうにいたるまで、各々が使い慣れた武器を握りしめていた。


 正規軍のように隊列を組まず、3、4人の小グループで動く彼らの戦術は、まさにこの土地の獣道を熟知したゲリラそのものであった。


 帝国兵は突如として四方八方から飛び出てきた市民に戸惑う。彼らは訓練通りに隊列を組み直そうとする。しかし、狭い路地や家の陰から放たれる銃弾が、その試みを許さない。


 パン! パンパン!


 市民の銃は連射性に劣るものの、的確に指揮官や通信兵を優先的に貫き、帝国軍の連携を寸断していく。


 その混乱に乗じて、ヤコブの弟・ゴーリキが動いた。


 ゴーリキの巨体は鈍重に見えるが、その動きは野牛の突進に似ていた。彼は両手に握った分厚い鉄の棒で、帝国兵の鉄兜をグニャリと叩き割る。


 瞬く間に、道の両脇に敵兵の山が築かれる。


 猛スピードでの突進。


 瞬間、ヤコブの棍棒が、カール帝国国王・ガイウスに迫る。


「そうはさせん」


 その棍棒が、軽く止められる。マルクス・レギオン。帝国軍の太陽部隊隊長で、カール帝国陸軍の総司令官。


 軍服がひらりと風に靡き、胸についた勲章が金色に輝く。


「陽動に惑わされるな! 全隊、防御体制に移行! 後退せず、その場を確保せよ!」


「へぇ、一筋縄じゃいかねえか」


 ヤコブがにやりとした笑みを浮かべた。マルクスの凛とした立ち振る舞いで、すっかり落ち着きを取り戻した帝国軍は密集を避けつつ、2、3人のグループで背中合わせの防御陣営を組み始めるた。彼らは狭い路地の影、開けた広場の端、そして窓の下に防弾盾を立て、市民ゲリラの銃撃に対応し始めた。


(まずいな……)


 ヤコブは弟のゴーリキに目をやる。

 

 ゴーリキの分厚い鉄の棍棒を、マルクスは、剣の峰だけでいなしていた。格が違う。その表情には重圧に耐える苦悶の色はなく、むしろ冷徹な静かささえたたえていた。棍棒の先が剣に押し付けられる。


「貴様らの小細工程度で、我が王の進軍は止められない」


 マルクスが低い声で言い放つと、剣を鋭く弾き上げた。


 グアァン


 太い棍棒が、縦から強くひびが入り、粉砕される。ゴーリキは体勢を崩し、その巨体がわずかに後ずさる。


 一瞬の隙。


 その隙を、マルクスは見逃さない。彼は一歩踏み込み、電光石火の突きを繰り出す。


 喉元に、凄まじい速さで剣先が迫る。


 

 しかし、ゴーリキ、この男もただものではない。


 ガキン


 ゴーリキは反射神経だけで、その剣先を分厚い腕の甲冑で受け止めた。甲冑の表面は火花を散らす。

 

「おい、ゴーリキ。撤退だ」

「おいおい、まだ始まったばかりだろ」


 ヤコブの命令に、ガイウスが不敵な笑みを浮かべる。その笑みは、戦闘狂そのものであった。



「おい、奴らが隠れる前に、火力を集中させろ。皆殺しだ」

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