15話 裏切り①

「俺を逮捕する?」


 俺は、手錠を眼前に突きつけるコルソン警視正に問いかけた。コルソンは俺にもの怖じすることなく、語気を強める。


「国家転覆罪とのことだ。現国王を廃位に追い込もうと画策している可能性があるとの通報を受けた」

「そんなことをした覚えはない。言いがかりはよせ」


 俺はとぼけた口調で言う。そんな、のらりくらりとした俺の態度に怒りを覚えたのか、コルソンは俺の手を無理やり掴むと、ガチャリと手錠をかけた。コルソンが眉根を細めながら、言い放つ。


「聡明なあなただ。言うことを聞かないなら、どうなるか分かっているのだろう」


 コルソンが、俺にだけ見えるように、懐の中を見せた。拳銃が、暗い室内で銀色に光る。


(俺はここ数日の間だけで、何回、銃で脅されんだよ。あんまり、そう頻繁に突きつけられていいものでもないと思うんだが……)


 俺がそんな愚痴を心の中でぼやいていると、退屈そうに、ヤコブが言う。


「なぁ、リアム。こいつらやるぞ?」


 そう言うと、彼は、腰に携えた魔剣を引き抜く。異様に長い刀身。その刀身が蛇のように唸り、伸びた。瞬間、揺蕩たゆたうように揺らめく剣先が、コルソンの首筋に迫る。


 ザクッ


「待て」


 俺が制止する。


 眉間に深い皺を浮かべながら、ヤコブは俺の方に向き直る。コルソンの首筋から、たらーと赤い血が滴り落ちた。ヤコブは、冷たく言い放つ。


「これは、もうお前の1人の問題じゃない。止めるのなら、この状況をどうにかしろ」

「なに、こうなることは想定済みだ。これは、お前たちへの、ちょっとしたサプライズだ」


 俺がそう言うと、憲兵隊も、【真理の灯台】も、ポカンとした表情で、顔を見合わせた。ヤコブはため息を吐くと、あきれ顔で、こちらを見ている。どうやら、俺は、この状況で錯乱して、頭がおかしくなったと思われているようだ。


(百聞は一見に如かず、か……)


「出てこい」


 俺が、指を鳴らす。


 ザッ、ザッ、ザッ



「なっ、なぜ、貴様らが!?」


 コルソンが思わず、身体をのけぞらせた。


 廃墟群から、雑踏と共に出てきたのは、王国陸軍の精鋭部隊【虎遊隊】。虎の紋章が刻印された軍服をビシッと着こなして、厳然げんぜんとした姿勢で整列している。


 そして、その先頭に、服を着崩し、無精ひげを生やした、だらしない男が一人。


「【虎遊隊】隊長・ファタールだ。憲兵隊の皆様、ここは俺らに任せて、ゆっくりと帰りな」

「だが……」


 コルソンが、口ごもる。俺は、彼に笑いかけると、肩をポンと叩いた。


「なに、兄に派兵してもらった正規軍だ。なんなら、試してみるか?」



◇◆◇◆

 時は、3日前に遡る。


 剣技の間での決闘で、フィリップに勝った俺は、ある願いを申し出た。


 「1日の間、俺の護衛として、陸軍軍人を貸し出す」こと。


 王党派は、その政治力の高さから、盤外戦術を好む傾向にある。特に、ユスタキウスは、『相手が油断したところに罠を張る』、そういった戦術で、これまで多くの政敵を排除してきた。


 だからこそ、最後の交渉の場。


 彼らが動くとしたら、ここしか考えられなかった。


 そして、憲兵隊というチョイス。ユスタキウスらしい選択だ。


 宦官たちによる収賄疑惑を追及している、憲兵隊。そして、収賄疑惑を、第一王子・エドワードに告発した過去を持つ俺。


(あの野郎、収賄を追及する勢力を潰し合わせることで、今まで自分が関わった悪行全てをうやむやにする気か……)


 なら、やるべきことは一つ。



◇◆◇◆

 俺はコルソンの方に向き直ると、優しく諭す。


「コルソン、これはきっと誰かの誤った通報だ。俺にも、軍の面々がいる。あまり過激なことなど、できはしない」

「しかし……」


 コルソンは、まだ、俺に対する疑念が払いきれていないようだった。


 それも、仕方ないことではある。


 革命勢力と王家の接近。


 事情を知らない身としては、なにか裏があると勘繰っても仕方ない。実際に、俺は「機密文書」を、この交渉の場に持ち込んでいる。もしこのことが露見すれば、俺は言い逃れできずに、処刑されてしまうだろう。


 しかし、憲兵隊は少数であるとはいえ、精鋭の軍隊と戦うほどの力は持ち合わせていない。つまり、俺を逮捕することはおろか、物理的に危害を加えることすらできないのだ。


 コルソンが、苦虫を噛み潰したような表情で、俺を見る。俺は続ける。


「コルソン、お前が懸念しているのは、王族である俺が反体制派の彼らと、こうして密会していることだろ、違うか?」

「その通りだ。今この状況に、私は疑念を持っている」


 真面目な憲兵らしい答えが返ってくきた。


 だが、俺は知っている。


 真面目な人間ほど、自分より権威のあるものに対して、弱いことを。


「なら、安心しろ。これは、国王陛下の勅命をを受けた交渉だ。陛下は、国民同士が争っているこの現状に対して、嘆いておられる。もしまだ疑念があるならば、明日、御前会議の議事録を憲兵隊の本部に持っていくが、どうする?」

「まさか国王陛下の命令とは露知らず、誠に申し訳ない。でしたら、私共は邪魔でしょう。帰らせていただきます」


 コルソンは、俺が逃げ道を用意したことに気づいのか、ふっと微笑み、俺に付けていた手錠を外す。俺の耳元に、コルソンが近寄る。


「今回は見逃す。次はないと思え」


 そう言い残し、コルソンは憲兵隊を引き連れ、古びた邸宅を後にした。





◇◆◇◆

 屋敷の中に戻ると、もう一度、椅子に着席する。長年使われていなかった屋敷だからか、埃っぽい。俺が顔をしかめていると、エレナが俺に質問した。


「あなたは、ここに憲兵隊が来ることを分かっていたのですか?」

「あぁ、知っていた」

「なら、なぜなにもしなかったのです? 私たちに、少しでも情報を」


 エレナの発言を、ヤコブが遮る。


「それは、重要な問題じゃねえ。もし俺たちが少しでも察した動きを見せたら、敵は新しい罠を張っちまう。分かっている罠にわざとはまった振りをする。これは、戦争でもなんでも、勝負において定石の手法だ」


 エレナが下唇を噛んで、押し黙る。それを無視して、ヤコブが続けた。


「問題は、なぜ、敵が『この場所・この時間』の情報をピンポイントに掴んでいたかってことだ。お前、裏切り者が身内にいることを知ってたんじゃないだろうな?」


 俺は、下を見る。


「あぁ、その通りだ。裏切り者は」

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