8話 潜入操作①

 館長室から出てきたのは、大柄の女であった。


 豊満な胸と、大きな尻。魅惑みわく的な曲線を描くその体型は、男としての本能を、思わずくすぐられる。


「あん、なんだぁ。エロがってんのか、てめぇ」


 彼女こそが、王立図書館館長・シャムロック。魅惑的な身体はもちろんのこと、彼女は、とてつもなく頭が切れる。この膨大な図書館に所蔵されている全ての本の内容を、まるで写真のように、寸分の狂いなく記憶しているのだ。


「で、本題の要件は何だ?」

「シャムロックさんの乳をみにきました」

「おいエロ王子、殺すぞ」


 ―無理のようだ。


 鬼のような形相で、こちらをにらんでいる。その表情は、純粋な殺意を孕んでいた。


(このまま無駄話を続ければ、本気で命を落としかねないな……)


 俺は冷や汗を拭いながら、本題に入る。


「交渉をしに来た」


 殺意を抑えたシャムロックは、興味深げに、俺に瞳を向けた。


「ほう、それは私にとってちゃんと有益なものなんだろうね?」

「あぁ。間違いなく、あんたの期待を裏切らない有益な情報だ」

「それは、実に興味深いねぇ」


 彼女は意地の悪い笑みを浮かべ、俺の目から視線を外そうとせず、じっと見つめる。


「交渉ということは、この王立図書館が保有する情報が欲しいんだろう。それで、お前さんは、対価として何を差し出すつもりだ?」


 彼女は指先で、テーブルの上に置かれた小さな砂時計を撫でた。その仕草には、知識を愛し、情報を愛する彼女の姿が滲んでいた。


「それはだな、   だ」


 俺が出した答えを聞き、彼女は声を出して吹き出した。


「フッ、ハハハハハハ! お前、本気でいかれてんな。その情報は、お前自身の王位継承権すら吹き飛ばしかねない情報じゃねぇか? いいぜ、その狂った賭けが上手くいくために、こっちもとっておきの情報くれてやんよ」


 突然、シャムロックが俺に近寄る。その表情はひどく官能的で、耳元で熱い吐息とともに言葉を零した。


「お前に利用価値があるなら、この胸も揉ませてやるし、その先だってしてやってもいいんだぜ?」

「残念ながら、俺はふぬけだから、叶いそうにないな」


 俺のそんな様子を見て面白そうに笑うと、彼女は手を振ると、俺を王立図書館の外まで送り出してくれた。





◇◆◇◆

 夜の黒天に、おぼろげな半月が寂しげに浮かび上がっていた。今夜、【真理の灯台】は定例サロンを開くはずだ。俺は、腹心のエリアスとカインだけを連れ、王都の街に出ていた。


「集会場所は特定済みだ」


 エアリスはそう言うと、胸ポケットから、綺麗に折り畳まれた一枚の羊皮紙を取り出す。それは、標的が潜む王都周辺の地図であった。


「過去に、奴らのサロンへ憲兵隊が突入した事例が三度ある。そのいずれの場所も、廃墟はいきょ化した建物群だった」


 その地図をよく見ると、王都付近の広大な廃墟群が、赤い丸で厳重に書き込まれている。


「ゆえに、カインには昨日の夜から、【真理の灯台】のメンバーと目される人物を秘密裏に付けさせておいた」


 カインは、無言でうなずく。夜風が、荒涼とした街路を吹き抜けていく。



「え、待って。【真理の灯台】のメンバーなんて、どうやって事前に調べたんだ?」


 俺が驚いたように聞くと、エリアスは額に手を当て、あきれて物も言えないといった表情をした。


「敵対する勢力の情報の一つや二つ、事前に集めとくのが、潜入調査の常識だ。攻撃こそ最大の防御、だぞ」

「まさか、ここまで周到に準備してくれている、とは……」


 俺は、エリアスに乾いた拍手を送る。エリアスは頭を抱え、深いため息をついた。


 だが、正直言って、驚いた。


 俺が危険を冒してまで、王立図書館を訪ねたもう一つの目的は、【真理の灯台】の過去の拠点情報を手に入れるためであった。しかし、エリアスはその情報を自力で分析し、敵の拠点を特定したのだから……。


 まぁ、居場所は……


「「旧ガサノヴァ邸」」

「知っていたのかよ!」


 エリアスが文句を言う。俺は彼をあざけるように笑ったが、エリアスは相手にするだけ無駄だと無視して、次の準備に取り掛かった。


 彼は懐から、三つの仮面を取り出し、配り始めた。


「【真理の灯台】は仮面サロンだ。素顔を晒していては、入室することすらできない。この仮面を着けて行くぞ」



 一歩、また一歩と、闇に沈んだ足場を踏みしめる。


(どれくらい時間が経っただろうか)


 足の感覚が麻痺するほどに、入り組んだ廃墟街を黙々と進む。だが、ようやく辿り着いた。目の前に、異様な空気をまとい高くそびえ立つ、荘厳そうごんな邸宅。


 その古びた洋館こそが、【真理の灯台】の今夜のサロン会場、旧カサノヴァ邸であった。


 俺たちは、その重々しい扉に手をかけた。老朽化した扉は、ギギー……と鈍いきしみを上げる。その不吉な音とともに、俺たちは、洋館の内部へと侵入した。

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