4話 御前会議③

「リアム、お前はどう思う?」


 父王アルフレッドは、俺の方を見ると口元を緩めた。


(あのクソ野郎、俺をこの舞台に無理やり引きずり出しやがったな)


 俺は内心で父王アルフレッドを罵倒しながらも、即座に思考を巡らせた。


(俺がもしロデリックをかばわず彼が失脚する流れを放置すれば……)


 まず間違いなく、アーサー王子は後ろ盾を失い、王位継承戦から脱落することになる。そうなれば、次期国王の座は、かなりの高確率で、エドワードのものとなるだろう。


 これは、愚策。最悪のシナリオといっても、過言じゃない。


 エドワードの背後には、冷酷な宦官長ユスタキウスがいる。王位継承権を持ち、かつて自身と対立していた男。そんな男をアルフレッドやロデリックのような抑止力が消えた盤面で、生かしておくわけがないだろう。



 そうなった場合に、抑止力となりうる勢力は、軍部しかいないが……。


 最有力はガレス総司令官。


 ガレスは、疑うことなく優秀な軍人だ。戦時下に適切な判断を下す能力を備えており、戦局を左右する局面では、不可欠な人材といえる。だが、彼は、軍隊という閉鎖的かつ特殊な環境で勝ち上がった男。ゆえに、ユスタキウスらのように、政治的な駆け引きを行う能力に特段優れているわけではない。それに軍隊の序列というものは、政治力より腕力、つまり喧嘩の強さで決まるのが常だからだ。


 だがまぁ、あれこれ考えておいてあれだが、国王もバカじゃない。


 ロデリックをこの局面で切り捨てるという悪手は、さすがに打たないだろう。ロデリックは、あいつにとっても有用な駒なのだから。


 しかし、ここで俺が相応の「動き」を見せなければ、父王は、今後、俺を容赦ようしゃなく捨て駒として使うはずだ。実の息子だろうと甘い情けをかける男ではない。それが、アルフレッドという為政者だ。



 つまり、俺の夢見る、ひっそりとしたほのぼのライフを実現するためには、俺は今、言いたくない言葉を全力で口にする必要があるのだ。



「国王陛下、この問題は一刻を争う喫緊きっきんの課題です。そして、【真理の灯台】が、現況において、最も交渉しやすい勢力であることはユスタキウス様のおっしゃられる通りにございましょう」


(言いたくない。こんな迎合げいごうじみたこと。だけど……)


 俺は、歯を食いしばり、顔を上げる。


「つきましては、この私リアムを特使として派遣し、この問題の解決に当たらせてください」



 クソッタレがァアアア!!


 国王が、俺の顔を見ている。


 俺はあの顔を知っている。


 あの顔は、笑いをこらえている時の顔だ。


(クソ、てめえの筋書き通りに行って良かったな!! とんだ貧乏くじだ)



 俺は内心毒づきながらも、しかし、国王がなぜ俺にこの任務を与えたのか、を考えていた。


 俺の実務能力の高さは、誰もが認める周知の事実だ。国王候補の中でも、幼少の頃より、最も学問に優れ武術に秀でていたのは、他ならぬこの俺だった。


 だが、俺には一切の野心がなかった。俺にあったのは、「遊んで暮らしたい」という自堕落じだらくな夢のみ。だからこそ、王位継承候補末席という位置に甘んじ、現状を変える意図を持たずにいる。


(それに、あの惨劇が起こったのは、己の才覚に自惚れていた自身のせいだ。もう二度と、繰り返してはならない……)


 なにはともあれ、国王なんざ、死んでも継ぐつもりはない。



 もっとも、変人扱いされているとはいえ、フィリップやアーサーといった国王候補らは、俺の実力を高く評価してくれている。それに、ガレスやロデリックなどのような優秀な臣下たちもまた、俺が、王侯貴族として、これからの政治を共に担っていくことを期待しているみたいだ。


(スローライフを目指す俺としては都合が悪いが、この期待を盾に動く方が、最も効率が良い)


 自身の置かれている現状を冷静に分析していると、後方から不穏な気配を感じる。


 嫌な汗が、頬をつたう。



 まさか、この気配は……。



「お前にそんな大役が務まるのか、今日の会議にすら遅刻したお前に」


 エドワード!!!!


 真面目過ぎるがあまり、場の「流れ」が一切理解できていない。


 ほら見ろ。ユスタキウスですらあきれている。


 ユスタキウスは顔をひきつらせると、エドワードに渋い表情を見せていた。彼にとって、最優先事項はロデリックの排除だった。しかし、俺が失脚することも、同じくらい有益な結果といえるだろう。


 なにしろ、俺は、奴の権威に、公然と泥を塗った人物だからな!!


 それに、真面目な話、ロデリックの失脚は非現実的だ。ロデリックを失脚させると、宦官派の勢力が肥大化し過ぎてしまう。そんな状況を、あのクソ親父が看過するわけがない。


 これは、牽制けんせいに過ぎない。ユスタキウスが打った、政治的なジャブなのだ。そんなジャブを打ってみたら、国王が「こいつなら、失脚させてもいいよー」と、おすみ付きを与えやがった。王党派の連中からすれば、飛んだもうけものだろう。


 もっとも、これには、父王からの明確な「あおり」の意味が込められている。


「こいつなら、失脚させても構わないよ。だがまぁ、お前ら程度の実力では無理だろうけど笑」


 という意味の。


 本当に、全方位に喧嘩を売る男だ。あの調子だと、きっと、ろくな死に方はしないだろう。


 だが、ここまで公衆の面前でめられて、ユスタキウスが黙っているはずがない。表向きは笑顔を貼り付けているが、その腹の底は煮えくりかえっているに決まっている。奴は、今この瞬間にも、使える手駒を総動員し、俺を追い落とすための謀略の数々を考えていたはずだ。



 なのに、


 なのに、あの空気読めない第一王子は……。


 俺にとってもユスタキウスにとっても、双方が望まない最悪の一手を、わざわざこの場で繰り出しやがった。



 わざとか。


 もしそうだとしたら、天才だ。


 ここまで、両者を苦しめる手を打ったのだから。


 面倒だが、ここは丁寧ていねいに対応するほかないだろう。


「兄上の心配はごもっともです。ですが先刻の遅刻の件、この特務をもって、挽回ばんかいさせてはいただけないでしょうか」


 俺はエドワードの目前で、うやうやしく片膝をついた。



 どうだ、これで……。



 いや、待て。



 豪快ごうかいな笑い声が右側から聞こえてくる。



 嫌な予感が……。



「ハハハハハ、リアムよ。こんなやつに頭など下げぬでよい。それよりお前、その肩の盛り上がり、また筋肉が付いたんじゃないか。明日の朝、剣技ノ間に来い。手合わせだ!」

「関係のない話をするな、フィリップ!!」


 エドワードの怒鳴どなり声が、室内に響き渡る。


(終わった……、もう、終わりだ)


 ふと国王の方に目をやると、腹を押さえて、肩を震わせている。


 ほんとにいい性格してるな、あいつ。


 この一触即発な状況で、心の底から、笑いころげてやがる。


(このクソ親父が。今に見てろよ)



◇◆◇◆

 一通り怒鳴り終えると、エドワードは俺の方に向き直り、コホンとせき払いをした。


「我が弟リアムよ。そなたの覚悟、しかと受け取った。今回の遅刻は不問とする。特使としての任、精進しょうじんせよ」


 相変わらず、堅物で、なんというか、融通の聞かない兄貴だ。


 だがまぁ、そこが皆から愛されるところでもあるのだが。



 カン



 王杖おうじょうがまた打ち鳴らされる。国王アルフレッドは、先ほどまでとは打って変わった厳粛げんしゅくおも持ちで、声を発した。


「これより、御前会議を終了する。速やかに皆の者は帰途きとにつけ」


 ふぅ、やっと終わった。まったくとんだ災難だったな、今回は。


 帰ろうときびすを返したその時だった。



「我が息子リアムよ、勅命ちょくめいがある。ここに残るように」



 まだ終わらねぇのかよ!!

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