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@heroesm250

プロローグ:氷の開眼者

「――東橋通り三丁目の旭光銀行で強盗事件発生。犯人は車で逃走中。紗雪向かえる?」

 耳の小型トランシーバー越しに声が聞こえる。

「うん、了解。――と言うかもう向かってる」 

 氷室紗雪ひむろさゆきは建物から建物へと飛び移りながら素早く移動する。

 その奥ではパトカーによって一台の車が追跡されていた。

 しかし改造でも施してあるのか、車は後部から機関銃を出現させるとパトカーの方に乱射を始めた。

 たまらずパトカーは銃から身を守るために減速してしまう。

 あれでは追跡は困難だ。

「やばっ、早く何とかしないと」

 紗雪は変わらず疾走を続けながら片目を閉じる。

 そして再度カッと見開いた。

 ――氷凍ノ眼アイス――― 

 凍結音と共に現れたその眼は青白いオーラを纏っている。

「ハァァ……」

 吐いた息がその場で凍てつく。

 紗雪は地面を力強く踏みつけて勢いよく飛び上がった。

 瞬時に手を振り、その軌跡をなぞって氷の足場を生成。

 足を乗せ、瞬発的に蹴る。

 反動で体が前へ押し出される。

 そしてその浮遊時間を利用して同様に足場を生成。

 一連の動作の繰り返しでありながらも加速を続ける自身に合わせて足場を生成するというのは簡単なことではない。

 しかし紗雪にとってはただの移動手段に過ぎず、視線は常に車に向けられたままその距離を数秒足らずで詰めていた。

「よし、追いつい――た」

 到着と同時に建物が消え、横道が現れる。

 紗雪は車のドリフトを横目に見ながら地面への降下を開始した。

 残像として残る左眼のオーラ。

 氷を出現させ、衝撃を緩和させながら着地を行う。

 それと同時にあたりを瞬間的に凍結させた。

 ちょうどやってきた車はたちまちスリップを引き起こし、壁に衝突する既の所で停止した。

 (三人――その内一人はサイト持ちっぽいな……極力戦闘は避けたいけど)

 人数を把握しつつ、警戒は怠らない。

「抵抗しないで大人しく出てきなさい!」

 すると車のドアが開き、一人の男が出てきた。

「誰だテメェ。この辺のやつじゃねぇな……まぁ俺のサイトの本気を試せんなら誰だっていいか」

 いかにも余裕といった表情でニヤリと笑う。

 バリバリに戦闘するつもりらしい。

「お前らは先に行ってろ。俺はコイツをぶっ潰してから合流する」 

 車に乗る男たちに合図をした後、ツカツカと歩きながら紗雪に近づく。

「あっ!ちょっと――」 

「よそ見とは余裕だなぁ!」

 逃走を図る車に視線を取られていると、男は紗雪の顔を狙って攻撃を繰り出していた。

「っ――ぶな」

 間一髪で避けたそれは鋭く尖った爪だった。

 ――爪刃ノ眼クロー――

 男は既にサイトを開眼させていた。

「チッ、外しちまったか」

 紗雪は瞬時に距離を置く。

「容赦なさすぎでしょ。私一応女の子なんだけど」

「関係ねぇから。そんなに嫌だったらこんな戦場に来るんじゃなかったな。まぁここに居る時点で殺すの確定してっけ、ど――」 

 男はしゃがんだ状態で腕をクロスさせた構えを取ると突進に合わせて引き裂き攻撃を放った。

 しかし紗雪には届かない。

 氷の壁が生成されたのだ。

 男はその障壁を一瞬にして砕いた。

「ハハハ!そんなんじゃ俺の爪は止まらねえぜぇ?」

 間髪を与えずアタックが続く。

 紗雪は依然として防御態勢だ。

「うーん……ちょっとくらい攻撃のチャンスくれない?」

「攻撃する隙なんて与えねえよ。このまま攻め続けてやる!」

 男は少し後ろに飛んだ後チャージを行い、再度紗雪に突進した。

「オラッ!」

 先ほどより動きが速いがそれだけではない。

 紗雪に攻撃した後そのまま壁に直進し、壁からの反動を受けて再度紗雪に突進。 

 これによって繰り出されたのは四方八方からのヒット・アンド・アウェイだった。

「オラオラオラオラァ!」

 紗雪はそれぞれの攻撃に合わせて氷の壁で防ぐが、やはり一瞬で割られる。

 砕けた氷は音をたてて地面に落下し、煙幕を作る。

 気づけば紗雪からは男の姿が見えなくなっていた。

「へっ、自分で逃げ場を無くして自分で視界見えなくしてやんの。これで俺がどこから来るか分かんねえな?」

 しかし、紗雪はまるで動じない。

 なんてことはない。

 この状況は紗雪によって意図的に作られたからだ。

「さて。これからは私のターン」

 紗雪は左脚にエネルギーを収束していき次に備える。

 次の瞬間、男が仕掛けてきた。

 場所は紗雪の真後ろ。

「もらったぁ!」

 何も知らない男は紗雪の背後を捉えて勝ち誇る。

 ――既にそこは紗雪の必殺圏内だとも知らずに。

「コールド・ダウン」

 その言葉の直後、紗雪以外の全てが遅くなる。

 男も例外ではなく、水中にいるかのように動きが鈍い。

 本来であれば紗雪の背中を裂くはずの爪は未だ振りかぶった段階。

「――は」

 男はまるで理解できないといった様子で顔を硬直させている。

「チャンスをどうも」

 紗雪は冷えた空気を吸い込みながら振り返り、一歩踏み込んだ。

 右足による上段回し蹴り。

 重みのあるその一撃は腹部へめり込ませ通常速度に戻った男を上に吹っ飛ばした。

「うグッ」

 紗雪もそれに合わせて跳び上がり、男に追いつく。

 宙で体をねじり左足で男を捉える。

「アイシングフォール」

 地面に叩きつける蹴り落とし。

 空を切り地面と衝突するまでの音が銃声のように響く。 

「ぐはぁ!」

 男が受けた衝撃は計り知れない。

 既に意識は途絶え、気絶していた。 

 手数で押せていたはずの男は気づけばその二撃を前に沈んでいた。

「――っと」

 遅れて紗雪が着地。

 男の気絶を確認した後、紗雪は目を閉じ息を吐く。

 それと同時に周囲に散乱していた氷が塵となって跡形もなく姿を消した。

「よし、あとは逃げた奴らを追いかけないと」

 紗雪は視線を車が逃走した方向へ向けた。

「とは言っても相当離されてそう。こっち大通りだもんなぁ」

 直後、その先で爆発が発生。

「ッ?!」

 紗雪まで届く突風と共に何かがこちらへ飛ばされてくる。

「――ってその車じゃん」

 紗雪は氷で何層にもなる薄い氷の膜を展開し、衝撃を吸収させながら車を地面に着地させた。

 車内を確認すると男たちは気を失ってはいるが、目立った外傷はないようだ。

 ちゃんとエアバックが作動したらしい。

 問題は正面。

 車の顔が潰れ、不格好なことになっている。

「にしてもこの抉り方といい、さっきの吹っ飛ばしといいこんなことができるのなんて開眼者の中でも限られるし…………燐音?」 

 呟きと同時期、紗雪へ直進していた巨大な火の玉がちょうど紗雪の前で停止した。

 炎が解除され、姿が顕になる。

 赤色と橙色の入り交じったポニーテール。

『極悪非道』の特攻服に身を包み、口には白い棒を咥えている。 

 御句園燐音ごくえんりんね――紗雪のパートナーだ。 

「わりぃわりぃ。めっちゃ助かった」

「流石に飛ばしすぎだって。私が居たから良かったけど、普通に危なかったよ」

「いやこいつら、オレが婆さんの荷物運びながら歩道渡ってたら急に突っ込んで来やがってよ。咄嗟に殴ったもんだから思いのほか吹っ飛ばしちまった」

 (極悪非道……?)

 紗雪は一瞬戸惑いつつも会話を続行させる。

「そうだったんだ。それは取り逃した私が悪いかも……というかどこに行ってたの?」

「これこれ。これコンビニで買ってた。」

 口に咥えた棒を指さす。

「タバコ?」

「と、思うだろ?実はこれコーラシガレットっつう駄菓子なんだぜ。だから要らないときはこうやって食べることもできんの」 

 燐音はシガレットを口内に移動させるとそのまま噛み砕いて食べ始めた。

 ポケットから箱を取り出し、二本目を用意。

「いるか?」

 一本差し出されるが紗雪は大丈夫と断り、代わりに尋ねる。

「燐音って本当に無法区出身?」

「ッは、ハァ?当たり前だろ。オレ程のアウトローなんてそうそういねぇって。なんだよ急に」

 燐音に一瞬焦りのようなものが見えた気がする。

 しかし実際、燐音は無法区でも指折りの実力者だ。

 開眼者としての戦闘能力は紗雪と互角、いやそれ以上かもしれない。

「別に詮索するつもりは無いんだけど。ちょっと気になってさ」

 ちょうどその時パトカーの音が聞こえ始めた。

「さて、警察も来たし後処理は任せてもう行こっか」 

「ああ」

 紗雪は跳び上がり、次なる事件に向けて動き出す。

 燐音は紗雪に続く。

  

 ここはサイトを持つ開眼者たちが生まれた世界。

 ある者はこれをを私利私欲に使い、ある者はこれを世界の平和のために使う。

 そしてその平和を維持するために活動するのが氷室紗雪と御句園燐音の所属する『アイズ』という組織であった。

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