三月上旬

第29話

 時は満ちた。

 掃除が終わったにも関わらず綿埃わたぼこりが多少残っている廊下、高校生の掃除への意識なんぞそれ程高くないのだから自然といえば自然だろう。私はその真ん中をずんずんと進む。

 

 きたきたきた来た来た来たキタキタキタ!

 

 一日千秋。私はこの日を万感たる心持ちでこのときを待った。

 なぜなら今日は私の独立記念日。Independence Day.

 今にも進化の流れを遡り、鳥類と哺乳類の分岐路まで逆走して鳥類のほうに切り返し、そのまま翼を得て飛び立てそうだ。この陽気な姿にすれ違う生徒も私に注目してしまう。

 

 おっといけないいけない。学校での紫水茉莉花は知的でクールなのだからこんなだらしない姿は見せられんな、はっは。

 

 隠しきれないオーラになんとか蓋をするため、一旦お手洗いで落ち着くことにする。

 

「あっ」

 

 赤いピクトグラムを曲がって入ろうとしたそのとき、ちょうど出てくる人とぶつかりそうになる。

 

「ごめ——」

 

 その相手は包帯でぐるぐるになった手をさすりながら私を高くから見下ろしていた。冷たく閉ざした目線が私を串刺しにする。

 

「あ、そのごめん。長谷川」

「……」

 

 うっ、なんだよ。なんか言えよ。

 

 そのまま視線に晒され続けたが、ついには一声も発さずに教室に帰っていった。その後ろ姿をあの日と同じように見送る。

 

 なに考えてるか分かんない。

 

 私は長谷川と入れ替わるようにトイレに入った。

 あの日以降私と長谷川はただの一文字も会話を交わしていない。一度だけ授業のグループワークで同じ班になったが、そのときでさえずっと露骨に避けられていた。結局料理の約束も有耶無耶うやむやになって忘れられているのではないだろうか。

 

 別に私が話したいわけじゃないし、面倒事なくなるわけだから、そっちがそうならいいんだけど。

 しかしさっきの光景を他の人から見たら、まるで私が長谷川に尻込みしているみたいじゃないか。別に私は不良の勢力争いをしてるわけじゃないから威厳とかメンツなんてないけど……。私は退かないし媚びないし省みない!

 

 トイレで用を済ませ、鏡の前で自分をチェック。いつもより心なしか肌がツヤツヤもっちりしてるかもしれない。それは大分前にデートで茜に買わされたスキンケア用品のおかげもあるだろうが、今の気分が大きく影響しているからに違いない。頬を揉んでいつも通り、平生へいぜいの顔を保つように心がける。

 全く、私らしくないね。

 遡ること数週間程前、事の発端は茜の発言だった。

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