第24話
私も負けじと料理に取りついた。一応茜のためのお弁当だが私が食べたいという理由だけでいれたものもある。全部取られては今度はこっちが不貞腐れてしまいかねない。
「まりーってば小さい頃からよくお料理の手伝いしてたけどさー、こんなにできるようになってたんだね。冗談抜きでシェフだよ」
「ありがと。料理とは奥深いものでね。知力だけでも技量だけでも成り立たない。二つの車輪があってはじめて成し遂げられる、人が生み出した至高の営みなの」
饒舌に語りだす私。
「自分で設けることもあるけど、基本的には料理においてゴールはない。極めようと思えばどこまでも広がるし、ジャンルを跨げばそれこそ無限大。没頭の仕方もそれぞれで、お金を稼ぐこともできるし、その日の夕食をちょっぴり豪華にして笑顔を生むこともできる」
「ほーその考え方素敵だね」
「現に茜と長谷川は笑ってくれたでしょ」
私と視線が交わってしまった長谷川はバツが悪そうに顔を伏せた。
「ま、それに胃袋握ったものが勝ちって言うし。美味しい料理があれば丸め込めるからね。ふふふ……」
「うわ動機が不純」
「毒盛りそう。紫水ならやりかねん」
口々にひどいこと言ってくれやがるな。
「使う食器は銀製にしときな」
「……?」
これは理解してない顔だ。
「それはそうとして、料理は……今の私にとっては自分とのバトルなんだよね。良質な味を維持しながらどう効率よく動けるか。そして並行して頭の中では味付けとか栄養価とか火加減とかを常に計算してる。もちろん楽ではないけど……まぁ楽しようと思えばできるけども、こう自分をフル回転させてるのに充足感を覚えるんだよね。この魅力は語っても語りきれないよ」
「へー。まりーらしいね。あっ」
頭に電球を光らせながら茜がピッと人差し指を立てた。
「まりー管理栄養士ー、絶対似合うしー向いてそう! あ、私韻踏んでる。ちぇけちぇけ」
「管理栄養士、考えたことねぇし、そんな発想浅はかな盲信、信じ抜くなら求められるわ確かなknowledge」
「え! 返しうま。ラッパーさん⁉︎ すごい!」
「違ぇわ。母音重ねるなんて語彙力あればできるでしょ」
「いや! それはもうお天道様がお授け奉り給いなさった才能だよ。ラッパー管理栄養士になろう! え、希美ちゃんもやってみー」
「ウチ⁉︎」
ラッパー管理栄養士ってもう訳分かんねぇな。最近流行ってるらしいマイクでラップバトルの世界かよ。
テキトーに母音並べた返事に目一杯はしゃぐ茜を横目に、己の道程に突如開かれた新たな分かれ道を考える。管理栄養士といえば栄養考えながら特定の人に合わせた料理をつくる、ちょうど今日みたいに昼食つくる感じで。その程度のことしか知らない。確か日本出身の著名なサッカー選手に、同じようなことをする専属シェフがいた気もする。
「管理栄養士さんってめっちゃ頭いいじゃん。まりーいけるよ」
頭使うし、料理するし、まぁ合ってるちゃ合ってるんだろうな。
別になりたいともなりたくないとも思わない。そもそも憧れの職業も夢も抱いたことないつまらない人生、長いモラトリアムでふらついてきたのだ。それいいな! とときめいて、簡単に決まれば苦労はしない。
「絶対似合うと思うなー」
「とか言っといて、その魂胆は自分の専属にして私を
「人聞き悪いなー。あくまでもたいとーな関係だよ。たいとー」
茜は軽いノリでへらへらしている。
この恋人期間を越えて、更に茜といるなんて……。
いるなんて?
「専属にするの⁉︎ こいつを⁉︎ 茜と紫水⁉︎」
「えへへ、しちゃうかも〜」
これは一時的な関係。私のケジメをつけるため、筋を通すためにやってること。
それだけ。それだけ。
「ウチも料理しようかな……」
やけに真剣そうに長谷川がぽつりとこぼした。
「希美ちゃんも料理する? レッツクッキング?」
「今もできないわけじゃないけど……ウチも、ひ、人を笑顔にしたいから」
「へぇー! いいことじゃん!」
「うん……紫水程は無理だろうけど」
当たり前だ。一朝一夕で追い抜かれるような腕前ではない。
「ま、誰に振る舞うにせよ喜ばれることに違いないでしょ」
「そうだ! まりーってば希美ちゃんに教えてあげたら?」
「「えっ⁉︎ こいつ⁉︎」」
お互いの顔面に人差し指を突き立てる。この時だけはバスケ中の二人に勝るとも劣らないシンクロだった。
「だって優秀なコックまりーだよ。教えるのもチャーハンくらいならちょちょいのちょいでしょ」
「チャーハンは詰めれば簡単に済ませられるけど、そのシンプルさ故にアレンジの仕方で無数の派生がある料理であってそう単純では……てかそうじゃなくて!」
「でも確かに人格はアレだけど、料理を聞くならこれ程適任はいないのか……」
「てめぇ゛に言われたかねぇ゛けどな……」
表情筋をヒクつかせながら苦虫を百匹くらい一息で噛み潰したような顔で睨む。隠せない怒気が全身から滲み出るがこれを抑えられようか。
割と前向きに思考に
「茜。私があいつとどんだけ馬が合わないか知ってるでしょ? それに」
「まぁまぁこれ見て落ち着いて」
「今更なに見せられたって——」
ボイスレコーダー。
「ぐぐぐぐぐぐぐ」
「わぁ、エドはるみだ」
「殺すぞ」
「すまん」
振り上げたフォークを下ろす。
「まぁ落ち着いて聞きたまえまりーくん。耳貸して」
「はぁ」
クイズ番組の回答みたいに片耳を茜に預ける。それは考え込む長谷川には聞こえない。
「私がいなくなった後でもね二人には仲良くして欲しいんだよ」
「あれと私が?」
「うん、だってどっちも私にはもったいないくらいな大切な人だから」
「大切な割には……ちゃんと伝えてないけどね」
「それは……うん……」
見るからに茜は戸惑ってしまう。
「ごめん。今のはお門違いだった。謝る」
茜だって十分に思慮した上でこうすることを選んだのだ。私の言葉は安全圏から偉そうに、容易く投げられた石だった。それはあまりにも無神経でずるい。
「いいよ。で、そういうことだから聞いてくれないかな?」
「仲良くなれると思わないけどね」
「共通のことすれば案外すんなりかもよ」
簡単に言ってくれやがって。
「はぁ、全く。やるよ。やりゃいいんでしょ」
「ホント? ありがと、大好き! 希美ちゃん! コーチしてくれるって」
カリカリと頭を掻き、早く食べ終えるべく椅子に戻る。
厄介なタスクがまた増えた。
自由奔放な恋人に振り回されてまるで恋愛みたいだな、と情けなくなりながらプチトマトを一つ頬張った。
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