【奇謀の士】

【奇謀の士】

 真琴は三人の声を聞きながら、ぽつりぽつりと現れる客の応対をしている。未知はその傍で客のリクエストに応じてスケッチブックにイラストを描いたりしながら、合間に小声で真琴に話しかけた。

「真琴、あんた完全にあの子をもてあそんでいるでしょ。あんな台詞でその気にさせて……」

「あら、いけなかったかしら?未知の望むようにしてあげたのに」

「そうだけど……」

「鉄オタで男子校で理屈っぽい、私のこのビジュアルとああいうセリフに弱い属性が3つも揃っているんだもの。使わない手はないわ。100年前から繰り返されている伝統ね」

「まったく……魔性の女だね。あの子は大丈夫だろうけど、変な男に付きまとわれたりしないように気をつけてよね」

「ふふっ、案外この方がトラブルが少ないのよ。むしろ、素を出して男らしく振る舞っていた頃のほうが勘違いする男が多くて大変だったわ。それに……」真琴はチラリと視線を送り、片頬を上げて続けた。「未知はこっちのキャラの方が好きでしょ?」


「さて、これで基本的なことは確認できましたが、できればもう1人、サポートメンバーが欲しいところですね」

「もう1人ですか?」未知がたずねた。

「ええ、私は……そして恐らく鉄男くんも、論理的な思考は得意ですが、柔軟な発想は苦手としています。1回戦はシード制で組み合わせが決まるので、実力……端的に言えば、資金力に差があるチームと対戦することになります。我々の資金は……失礼ですが、皆さんそれほどの資金はお持ちではないですよね。アメリカの富裕層は日本とは桁違いですからね。我々は事実上、無課金に近い状態で戦うようなものです。ですから……」

「柔軟な発想の持ち主が必要なんですね」

「そうです。圧倒的な実力差を覆せるような、奇抜な作戦を立案できる人……できれば、歴史や戦術に明るい人が……」

「だったら『監督』はどうです?」

「ええ、先生、私のイメージは正にそうなんです。しかしながら、あの方は今回の件では……」

「そうですよね……他を当たりましょうか……」


 監督とは一体どんな人物なのだろう。瞬は想像をめぐらせた。師匠が実力を認めるくらいだから、相当な人物に違いない。だが、なぜだか躊躇しているようだ。何か問題のある人物なのかもしれない。体育会系のゴツい人とかだったら最悪だな……。そんなことを考えながらふと傍を見やると、いつの間にか少女が立っていた。


「あら先生、私に何か問題でも?」

瑞原みずはらさん!びっくりしたぁ……。ねぇ、前にも言ったけど、あなたに先生と呼ばれたら仕事を思い出しちゃうから、せめて観月先生って呼んでくれないかなぁ……」

「それはすみません。でものほうこそ、ここでは私のことをと呼んでいただきたいですわ」

「えっ!?監督って、こんなちびっ子なの!?」イメージしていた人物像とのあまりのギャップに驚き、瞬は思わず声に出してしまった。

「あら、失礼な方ですわね。今どき年齢で人を判断するなんて、時代遅れも甚だしくありません?」

「ぐっ……」自身も年齢による差別を経験してきた瞬は、何も言い返せずに言葉を飲み込んだ。


 監督と呼ばれるこの少女、瑞原泉美いずみは、未知が講師を務めている小学校の児童である。周囲と比べて知能が飛び抜けて高く、通常なら私立学校へ通うことが多い高知能児だが、両親の教育方針で公立小学校に在籍している。


「まあまあ、鉄男くん」二人を制するように土門が口を挟んだ。「彼女は見かけによらず、知略に長けています。囲碁では私に一日の長がありますが、将棋では思わぬ奇襲で私を打ち負かすことがままあるのですよ。どうやら私とは違う方向性の発想力をお持ちのようなんです」

 ほらご覧なさい……とでも言いたげに、泉美は顎を斜めに上げて、瞬を見上げた。

「将棋はやったことないけど、オセロだったら絶対に負けない自信がある。なんなら、今すぐやってみようか?」

「ふむ、それは非常に興味深い対決になりそうですが、日を改めてということにしていただいて……ところで、監督さんは我々の話をどの程度聞いていたのでしょうか?」

「盗み聞きしたみたいでごめんなさい、博士。大体の事情が飲み込めるくらいには」

「そうですか。でしたら、隠し立てしても意味がありませんね。お察しのように、我々は監督さんのような人材を求めています。ですが、この件では年齢を無視するわけにはいきません。アメリカは子どもを保護しようとする意識がとても高い文化なので、直接危害を加えられる可能性は低いとは思いますが、全く心配が無い訳ではありませんからね。ご両親が心配されるのではありませんか?」

「それなら大丈夫です。PG12のサメ映画だって許可されていますから。それに、両親からは自分の頭で考えて行動するようにと日頃から言われていますので……」


「あの、まさかとは思うけど、監督ってスポーツとかのじゃなく……」

「ええ、映画の監督のことですわ」

「なんだよ、ただのB級映画オタクか。役に立ちそうもないな」

「これだから素人は……。サメ映画は100年以上も続く伝統なのよ。なんの役に立つかは分からないけど。それと、誤解しないでいただきたいのは、監督というあだ名は黒澤監督が好きすぎて付けられたものですから」

「誰だよ、それ」

「えっ、20世紀を代表する巨匠を知らないの?もしかして小津派なのかしら?」

「いや、そっちも知らないね。だいたいそんな古い映画なんて見る暇ないし」

「まったく最近の若者ときたら……。きっと2倍速とかで映画を見るタイプね」

「だったらなんだよ。時間が有り余っているお子様とは違うんだよ。強がってみせてるけど、本当はサメ映画なんか見たら、怖くて眠れなくなっちゃうんじゃないの?」

「そっ、そんなことないわよ!」

「まあまあ、お二人とも」見かねた土門が声をかけた。

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