月影の戦士 --Lunatic Warriors--

8bit

序章【テクノリバタリアニズム】

前編【プロム】

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【プロム(Promenade)】

 アメリカ合衆国、カリフォルニア州の片田舎、とある高校で卒業を祝賀するプロムが最高潮を迎えようとしていた。

「さあ皆さん、お待ちかねのチークタイムです。昨年のチークタイムでプロポーズしたカップルの成婚率は73%だったというデータがあります。今年はそれをさらに上回ることができるか、男性の皆さん、大勝負の時間ですよ!」


 スローテンポの曲に合わせ、あちらこちらで男女が身を寄せ合う。早くも膝をつく者、緊張した面持ちでダンス・パートナーを見つめる者、それぞれが最適なタイミングを探っていた。セレーネSeleneウィーバーWeaverデイビッドDavidメイソンMasonもその時を迎えようとしていた。


「セレーネ、僕たちは幼い頃からずっと一緒だったよね」

「そうね、ずいぶん喧嘩もしたけれどね」

「そう。でも、その度に仲直りをして、僕たちの関係はより一層強くなってきたと思うんだ。僕はこれからも、時には喧嘩もしながら、ずっと君と一緒に暮らしたい。」

 セレーネの頬は紅潮し、その瞳はデイビッドの瞳を真っ直ぐに見つめていた。

「セレーネ、結婚してくれるかい?」

「ああ、デイビッド……」

「実は試験に合格したんだ」

「えっ……」


 セレーネの表情が少し曇った。今世紀の前半に二大政党の間隙を突いて権力を掌握したテクノリバタリアン技術信奉型自由主義者は、効率化を目的としてアメリカ社会のあらゆる分野を改革していった。教育分野も例外ではなく、旧来のユニバーシティは解体され、実学を重視するカレッジやアカデミーへと再編されていた。セレーネは嫌な予感を打ち消してくれることを願ってたずねた。


「どこのカレッジ?」

「いや、カレッジじゃなくて、アーベイン・アカデミーだよ」

「アーベインなんて……村を離れるってこと? この村を廃村の危機から救うんだってあんなに張り切っていたじゃない」

「ああ、今でもそう思っている。でも、この村で酸っぱいイチゴを作り続けていても、社会を変えることはできない。上に行くしかないんだよ」


 テクノリバタリアンが作り上げたAIの集合体である「システムThe System」は、今やアメリカのほとんどすべての分野を統括している。アーベインUrbaneとはその保守管理業務を担う人材を供給する教育機関の名称であり、その学生や出身者で構成される階層の呼称としても定着している。


「知ってると思うけど、アーベインの報酬はとても高いんだ。君は何も心配せずに僕の子を産み育てることに専念してくれればいい」

「私の気持ちはどうなるの? まだ18歳なのよ。私は自分の可能性を試してみたい。二人で『ゲーム』の大会に出て、上の奴らにひと泡吹かせてやろうって話していたじゃない。忘れちゃったの?」

「もちろん覚えているよ。でも僕らはもう子どもじゃないんだ。結局、資金力がものを言うんだってことは君だって気づいているだろう? 僕たちが村じゅうの資金を集めて『トーナメント』に臨んだとしても、一回戦を勝てるかどうか。君がよく話していたひいお祖母ちゃんのような武勇伝は、『ゲーム』には通用しないアナログな時代の昔話なんだよ。フォークのままでは今の社会は変えられない」


 「ゲームThe Game」とは、先述の「システム」の一部を民間に開放した仮想空間のことである。その影響力は1世紀ほど前に世界を席巻したアメリカ製のOSを上回り、文字通りのゲームはもちろん、ネットワーク上のあらゆるサービスを統合して、史上最大のプラットフォームとなった。もうひとつの世界を出現させたとさえ言えるだろう。そこで行われる「トーナメントThe Tournament」と呼ばれる競技会は全米および世界中から注目され、上位入賞者とその出身村には多大な恩恵が約束されている。フォークFolksと呼ばれる一般市民階層にも参加資格は与えられているが、資金力の差を埋めるのは容易ではなく、勝ち上がる出場者はほとんどいないのが実情だ。


「それはそうだろうけど、でも……」

「どうせ20歳になったら結婚しなきゃいけないんだから、いま結婚しても同じだろ? たった2年の差じゃないか」

「あなたはその2年の重みがわかっていない。30歳まで猶予がある男性とは違うのよ」


 21世紀も終盤を迎え、アメリカではプロナタリズム出産奨励主義に基づいた制度が社会に浸透している。特に、フォークには厳格な規則が適用され、規定の年齢に達するまでにパートナーを見つけられない者には「システム」が提案する相手とのマッチングが義務付けられている。


「どうやら僕たちは27%の方に入るみたいだ。でも僕は待っているよ。2年後、君がまだ運命の人と出会っていなければ、もう一度僕にチャンスをくれないか」

「いいえ、デイビッド。アーベインにも女性はいるでしょう? あなたなら2年の内にきっと良い人が見つかるわ」

「君ほどの女性がいるはずがないよ。2年なんてあっという間さ」


 ゆったりと流れていた曲が徐々に弱くなり、ロマンチックな時間の終わりを告げた。アップテンポの曲が勢いよく流れ始め、弾ける笑顔で身体を律動させる若者たち。しかし、二人には別の時間が流れているようだった。


「私、もう行くわ」

「そうだね。僕も出るよ」

「いつかまた会えるといいわね」

「きっと会えると信じているよ」


 二人は一緒にホールを出て、別の方向へと歩み始めた。セレーネは夜道を独り歩き、デイビッドの言葉を反芻しながら自問した。


「あーあ、なんでこうなっちゃったんだろう……。私はただ自分の生き方を自分で決めたいだけなのに……。デイビッドのことだって大好きだったのに……」


 思わず涙がこぼれそうになり、顔を上げると満月が煌々と輝いていた。


「セレーネ……」


 気のせいだろうか。曽祖母の声が聞こえたような気がした。自分の名前を付けてくれたダイアナおばぁちゃん。セレーネが幼い頃、曽祖母は若い頃の仕事の話をよく聞かせてくれた。その物語に心躍らせ、自分も彼女のように社会で活躍するようになれると信じて疑わなかったあの頃。


「そうだ。お祖父ちゃんの家に行ってみよう。ダイアナおばぁちゃんのことを聞いたら、元気が出るかもしれない」

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