第2話貧乏神




 僕は、オタクだ。

 今まで、沢山のラノベやマンガを収集して、ワンルームの部屋の壁を埋め尽くした。

 山積みの本もあるくらい狭く、ベランダへ出る窓も塞いだ。

 自分でも、小説やマンガを描いた事は、あったが、売れたことは無い。


 コミケにも、出展したことはあるが、ファンが付くこともなかった。


 28歳の誕生日を迎え、将来を考え始めたが。

 手の届く、マンガを取り。一日を費やした。



 ラーメン屋のバイトに、二日おきのウーバーの配達員。就職活動もせずに、いつか売れると信じて、モノを書いている。

 クリエイター、そんなモノじゃない。2次元から抜け出せなくなった、大人だ。


「どうしよう、魔女っ子のハートマークフィギアを、注文するの忘れていた」


 部屋の真ん中で、項垂れて。

 スマホを触りながら、売買のサイトを眺めた。


「もう、手が出ないな。ムリ、そんな金ねぇよ」


 ブツブツと呪文を唱えながら、眺めていた。




 ひょんな事から、彼女と出会ってしまった。

 改造された、電動バイクのパーツを求めて、秋葉原へ。

 

 買い物を済ませて、店を出た時に。遠くの方が女性の大きな声が聞こえた。


「誰か、そいつを止めて。お願い」


 女性は、メイド服を着ていて。男を、追いかけている。


 男は、口の周りにケチャップを付けて、トーストを咥えていた。


「ナポリタンの食い逃げよ。捕まえて」


 僕は、歩道の真ん中で両手を広げて、目をつむり、歯を噛み締めた。


『ドン』


 僕は気を失い。歩道の隅に追いやられた。


 男は、逮捕されて。彼女は事情聴取を受けていた。


 僕の周りには、誰もいなかった。

 情けないかな。突き飛ばされて、気を失っていた。


 誰も気付かないゾンビのように、その場をゆっくりと離れた。

 電車賃は勿体無い。だけど、電動バイクも放置できない。

 急いで、部品を取り替えて、逃げるようにその場を去った。


「チョット君、待ちたまえ。事情聴取が、まだ……」


 僕は、逃げた。捕まったら、バイクも没収されてしまう。

 細い道へ細い道へ、線路の歩道橋も、そのまま抜けた。


 かなりの遠回りで家に帰り、財布を落としたことに気付いた。

 途中で、水筒の水を飲んだ時なのか、歩道の段差を、越えた時なのか。


 頭の中が、パニックになり。

 もう一度、遠回りをして、秋葉原へ向かおうとした。


 アパートの階段を降りて、バイクに跨った時に、目の前にタクシーが止まった。


 降りて来たのは、地味な服に、眼鏡をかけて。ツインテールもしていない彼女だった。


「良かった。会えて」


「何でここが分かったの」


「ぶつかった時に、買い物袋から荷物が出ていて、盗まれてもいけないから、私が隠してしまったの。事情聴取も、直ぐに終わるって警察官も言っていたから」


「有り難う」


「お礼を言うのは、コッチの方よ。コレ、お店のロールケーキ何だけど、食べれそう」


 紙袋には、メイド喫茶の名前が書かれている。


「汚い部屋ですけど、上がりますか」


「勿論、彼女さんがいないなら」


「彼女なんていませんよ」


「良かった。上がらせて下さい」


 僕は、電動バイクを担いで、アパートの3階まで上がった。


 手すりに、チェーンを巻き付けて、南京錠で止めた。


 普段は、家の中に入れているが。邪魔な時は、時々出している。


 彼女は、僕の部屋を見ても驚かなかった。

 いや、逆だった。漫画の話を鳥留も無く話して、批判を繰り返していた。


「あのシーンは、もっと、幻想的でコケを大量に生やして、光が数本だけ差す感じで」


 僕は、描き貯めた絵を、タブレットから取り出して、彼女に見せた。


「こんな感じかな」


「そうそう、ここに太い木を足して、差し込む光を抑えるの」


 僕らは、ロールケーキ1本のカロリーで、そのまま、能動的にペンを走らせた。


 気付いた時には、終電が無くなっていた。


 取り敢えず、お腹が空いたので、近くのコンビニへ買い出しに。


 色々と、直ぐに食べられるものを買い、会計で揉めた。


「分からないが、男が払うモノじゃないのか」


「私が、事故に巻き込んだのよ」


「それは関係ない」


「いやある」


 結局、折半して帰路についた。

 その間も、漫画の話をして、終わることが無い。


 アパートに、戻っても。腹が満たされたら、さっきの続きを行った。


 最後は、力尽きて、朝を迎えていた。


 常に、玄関は開いている。

 監禁罪だ。


「ダメだ。もうムリ。一度リセットしないと」


 彼女が、急に立ち上がり。


「お風呂借りるね」


「………」


 僕は、背景に集中していた。


 彼女は、勝手にタンスを開けて、適当に服を選んで、風呂場へと向かった。


 十分後に、シャワーの音でようやく気付き。

 自分の部屋なのに、他人の部屋のように感じた。


 風呂場から出て来た彼女は、何故か僕の服を着ている。


「何で、汚いよ。僕の服は」


「大丈夫だよ。洗濯しているんでしょ」


「それは、しているけど」


「だけど、この部屋は、暑いね」


「待ってて、クーラーいれるから」


 僕は、長年使ってなかった、クーラーに電源を入れた。


 誇りが舞い散り、2人とも汚れてしまう。


「ごめんなさい。お風呂上がったばかりなのに」


「ごめん。窓開けるね」



『それは、辞めろ。馬鹿、何を好き勝手に行動をさせている。今まで、何の為に、光を遮っていた。色褪せるぞ、表紙が。止めろよ。バカな奴の行動を』


 彼女は、本棚の隙間を縫って、大きな窓ガラスを、数年ぶりに開放した。


『馬鹿、俺のオアシスが。ジメジメのオアシスに、衝動買いが止まらない馬鹿の部屋だぞ。あと一息で、体と精神が、壊れたモノを。許さないぞ、お前』


 玄関が、開いていたため、一陣の風が、吹き抜けて、貧乏神を飛ばした。


 彼の側から貧乏神が消えて。1+1の相乗効果は、倍に膨れ上がった。


 その後、2人で会社を立ち上げて、カミさんと、二人三脚でアニメ化の作品を完成させた。


 僕は、脚本家へと転身して。カミさんは、2人目を身籠っている。

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上(神)さん 愛加 あかり @stnha0824

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