復讐はルナティックの夜に
みなつき
第一章 湊号、殺傷事件とひき逃げ事件の報告書
202X年5月×日(土曜日)未明。
事件当日:
荒海凪は夜七時頃、某テーマパークに勤める父、
その後、飼い犬のラブラドール・レッドリバーのブラッシングを行い、入浴、午後10時頃に就寝。これは父親が夜勤の日の荒海凪の日課である。
当日未明、凪はギシギシと床が鳴る音で目が覚めた。最初は父親が何かの理由で帰って来たのかと思ったが、玄関口から明らかに父親とは違うぼそぼそと話す低い話声が聞こえ、犬が凪のベッドへと上がって来た事から不法侵入者と判断。同じ公団に住む友人の
部屋へと侵入して来た二名のうち一名は、ベッドの上で上半身を起こしていた凪の喉元に何かを突き付け、「静かにしてれば、痛いことはしない」と恫喝。この時、凪は冷たい物が喉に当たるのを感じている。
もう一名は犬をベッドから引きずり降ろそうとしていたが、体重三十キロ以上にもなる犬が、凪の身体の上に座り抵抗をした事にイラついたように、「包丁」と云う言葉を聞いている。
直後、キュンという僅かな鳴き声がした為、凪は、「止めて、
犬は前足を負傷。係り付けの白城動物で治療、全治三週間と診断されている。
202X年5月×日(土)午後11時25分
山桐陸は荒波凪からの“Help”というメッセージを受け取る。この時、スマホの時間を確認している事から、時刻が判明。両名は幼い頃からお互いを知っており、凪からのメッセージには他者からのそれとは違う音響を設定してあるので、すぐに彼女からと物と把握。午後10時過ぎに彼女からメッセージが届くことは今まで一度も無かったので、何かあったのだと気付いた。
“Help”というメッセージは、画面をトリプルタップすると陸のチャットに繋がり、Hのキーを押すと最初にHelpの文字が出て来るように、陸自身が凪のスマホに設定した。緊急時にすぐに対処出来るようにとのこと。
メッセージを受け取った陸は、母親の
202X年5月×日(土)時刻不明
山桐麻美は息子の陸から、「凪からHelpのメッセージが届いたので、荒波家の鍵を貸して欲しい」と頼まれた。麻美と祐介は職場の同僚で、通常から荒海家の鍵を預かっている。凪が中学校を卒業してから、父親の荒波祐介の夜勤が増えたので為である。
麻美は凪の事を乳児の頃から知っており、余程の事がないとそのようなメッセージを送る子ではないと認識していた為、事故と事件の両方を想定。麻美自身のスマートフォンで119へ通報、警察と救急車の両方の出動を要請後、荒海宅へ向かった。
この時、麻美は陸に家で待つようにと告げたが、彼は従わずついて来た。再度、家で待つように言う麻美へ、陸は自分の方が母より力が強い、事件にしろ、事故にしろ、感情的に走る傾向がある母よりも、冷静に判断が出来ると主張。
麻美は自分の小柄な体形と、陸の175センチを超えたがっしりとした体形を比べ陸の同行に同意した。
荒海宅は公団の一階、山桐家は同じ党の三階にある。エレベータは使わず、階段で下りている。この間、荒海家へ到着するまで5分足らず、ドアの鍵はかかっていた。
荒波家の部屋は2DKの四角い間取りで、玄関を入って左が浴槽やトイレ等の水回りがあり、右がすぐにダイニングキッチン、そこから向かって右側が凪の部屋で、左側が父親の祐介の部屋となっている。両部屋とも窓がバルコニーに面しており、直接そこに出られるようになっている。麻美が鍵を開けて荒海家へ入室した際に、「湊を傷つけないで」という凪の声を聞いている事から、時刻は11時30分~40分の間ではないかと推測できる。
ダイニングキッチンと凪の部屋の電気は点いており、その中に人影を認めている。父親である祐介の部屋の電気は消えていた。陸が麻美にダイニングキッチンに留まり、スマホで室内を撮影するように要請。パトカーのサイレンが聴こえて来たタイミングで、陸は凪の部屋へ入室。
山桐陸は荒海凪の部屋に入り、二名の少年を確認。うち一名はすでに窓の鍵を開けて、バルコニーへ出ようとしていた。陸は残る一名が振り向き、手から包丁を落とし逃げようとしたので、背後から近づき少年を取り押さえた。方法は次の手順にて行われた。
陸は背後から少年の首に右腕を回し、右手のひらを自分の左肩に添えた。左手を少年の頭に添え、右手と左手が交差した位置へ自分の顔を差し込んだ。そのまま少年の頭を押してしまうと失神してしまう可能性がある為、腕を緩めたところ咳をし始めたので、少年の身体を抑え込んだ。柔道の裸締めと云われる技であり、やり方が分かっていれば危険はないと陸は主張している。
午後11時45分、警察が到着。少年を引き渡した。もう一名の少年は逃亡した。
荒海凪と霧島智哉は中学校の同級。中学の三年間、同クラスだった。
202X年5月×日(土曜日)、午後3時頃、凪から次の内容をチャットにて受信。
”今夜は父さんが夜勤やから、夜11時過ぎに家に来て。鍵は開けて待ってる”
智哉は同日11時過ぎに凪の家に向う。玄関の鍵は開いていた。ダイニングキッチンへの電気を点け、「来たでー」と声をかけると、「こっち、早う来て」と凪から返事があった。部屋へ入った所、ラブラドール・レッドリバーが急に吠えて飛びついて来た為、ダイニングキッチンにあった包丁を取り出し応戦し犬の前足に傷を付けた。
正当防衛であると主張している。
智哉が使ったという包丁については、荒波家のキッチンにあった物と同一であることが判明している。この包丁からは凪を始め複数が重なり合った重複指紋となり、個別の指紋採取は不可能であった。しかし、最後に包丁に触れた智哉の指紋は採取された。
凪との関係は、ただの友人同士。夜中に遊びに行った理由については、凪がそういう事をする女の子として有名であったからと発言している。
もう一名の少年については、いなかった。自分は一人で行ったと言っていたが、後に山桐麻美のスマホに少年の姿が写っている事を知ると、そう云えばもう一人いたような気がすると供述を変更。もう一名の人物については、知らないと答えている。
202X年5月×日(日曜日)午前3時40分。霧島智哉の母親の
智哉が未成年であること、本人が反省していること、犬への攻撃は正当防衛であったこと等から弁護士が勾留取消請求。
勾留を解かない場合には、山桐陸と荒海凪を障害で告訴すると主張。全員が未成年である事から、将来を考えて霧島智哉の拘留は、同日午前4時30分に解除された。
ひき逃げ事件当日
202X年7月×日(日曜日)午後2時20分
荒海宅の飼い犬、ラブラドール・レッドリバー(湊号)を車がはねて逃走。
現場:208号線沿いのスーパーマーケット駐車場前の横断歩道。
この日、荒海凪と山桐陸は愛犬の湊を連れ立って、荒波家から徒歩で十分程度のスーパーマーケットに2時10分頃、公団を出発。凪は湊に取り付けたバーハンドルハーネスを左手に持ち、右側には山桐陸の左肘を掴んで横断歩道の前で止まった。
カッコーと音が聞こえて来たので凪は、信号機が青に変わったと判断。湊号にゴーサインを出し、横断歩道を渡っていた。陸も信号が青に変わった事を確認している。
交差点の前方方向左側から紺色のスポーツカーのような車が突っ込んで来た。陸は咄嗟に凪の腕を引っ張り、二人は右側に転倒。凪がハーネスから手を離したので、湊号は凪の方向へ向いた所で車にはねられた。車は停止することなく、そのまま逃走した。
現場検証:
午後2時30分 目撃者より通報を受け警察が到着。湊号は前方、数メートルに及び左前方のガードレール内に撥ね飛ばされており、胸部、腹部、四肢に外傷が見られた。荒海凪と山桐陸はそのガードレールの内側に待機。陸は湊号のかかりつけの獣医に連絡をとっており、凪は湊号の頭部を撫でていた。湊号はまだ生存していた。
午後2時50分、湊号をその場から不用意に動かさない方がいいと判断した
午後3時:荒海凪、山桐陸の両名が救急車にて田代病院へ運ばれる。
陸は腕と脚に全治二週間から三週間の
午後4時:荒海凪、山桐陸の両名が白城動物病院へ到着。
午後4時20分:安楽死用の麻酔薬を追加投与する前に、湊号 死亡。
午後9時15分:車の所有者:
202X年7月×日(土曜日)午前十時頃、直哉は蓮人に車を貸与。蓮人自身から借用の旨、申し出があったとの事。
事故当日、蓮人は直哉に車を返却に行く途中だった。何かを撥ねたのは分かっていたが、怖くなり逃走。返却された車の車体前方に傷があることから、直哉が蓮人に問うたところ、事故が発覚した。
家庭裁判所の報告書
202X年7月×日(月曜日)
八島蓮人は警察の取り調べ後に、18才であること、自首、また弁護士が付いた事等が考慮され、家庭裁判所送りとなる。本人が反省していること、ドライバー保険に入っていることから不起訴になる可能性が高いと見做されていた。
しかし荒海凪、山桐陸両名が物損事故から人身事故変更。示談に応じない、保険会社からの見舞金も受け取らない旨を申し出があったことから、矢島蓮人は再拘留されたが、弁護士の安斎浩二の介入により不起訴となった。また少年事件として、詳細は伏せられている。
以上が湊号、殺傷事件とひき逃げ事件の報告書であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます