四:悪名 ―背に負うもの、刃に映るもの―

 平蔵親分が野太い声で問いかけてくる。


「鍛冶屋のせがれか――、なぜ親をとられた?」

「鍛冶屋には山が必須です。その山を狙って、お役人がつながった土地の商人あきんどが親父を家ごと焼き払いました。十八のときに役人ごと仇を討ちましたが。仇討ちは認められずお縄を頂戴しました」

「捕まったのか? 役人殺しをしてよく生き残ったな?」

「牢屋に叩き込まれましたが、役人殺しの吟味で江戸送りになりやした」

「ほう? その場で獄門台おくりにならなかったのか」

「へい、殺した役人の不正があとから見つかり、その吟味が必要になったからと聞いておりやす。それから江戸表に運ばれる途中に酒匂川で大雨に遭い流されて万に一つの命を拾いました。それからずっと人生の裏街道でござんす」


 そこで平蔵親分はにやりと笑った。


「いい面構えだな。よし。三日間、好きにしな。だが、渡世人の作法だけは忘れるな! いいな?」

「御恩、決して忘れませぬ」


 親分は軽く手を振り、若衆に合図を送れば青次郎が現れた。逗留する間の部屋に案内されるのだろう。


「愛甲の、寝泊まりする部屋をご案内申し上げます」


 青二郎の人柄なのか、丁寧な声がかけられる。一宿一飯の恩義で、世話になる間、名前を呼ばれることは無い。仁義の名乗りで示した出身地で呼ばれることになる。

 こうして俺は平蔵親分の所に三日間だけ厄介になる。俺は静かに立ち上がり再び頭を深く下げる。平蔵親分には堂々とした風格が漂っていたのだった。


 そして、その日の夕餉の時間となった。食事は膳に載せられ、寝起きする六畳間に運ばれてきた。内容は一汁一菜が原則だ。お代わりは二杯まで。そして、一杯だけの食事はご法度。出された物は全て平らげるのが鉄則。たとえ魚の骨でも食べ切れない物は紙か布に包んで懐に入れて出立したあとに処分する作法だ。

 その食事を終えて若い衆がお膳を下げて去ったあとだ。〝襖〟の向こうからヒソヒソと噂声が聞こえた。


「あいつ、役人を斬ってきたらしいぜ。そんなやつを囲ったら、こっちが目を付けられる」

「腕はめっぽう立つが疫病神だって噂もある。長居させるわけにはいかねぇよな」

「親分は何を考えてるのか――」


 その言葉は俺の耳に届いたが聞こえぬふりを続けた。そこに、俺を迎えてくれた青次郎の声がする。


「お前ら、客人の前で何してやがる。親分の顔に泥を塗る気か!」


 即座に侘びの言葉が聞こえて去っていく。そして、襖が開くとその向こうには青次郎が正座をしていた。


「とんだ失礼をいたしやした」

「いえ、凶状持ちは本当のことでさぁ。迷惑がかからんうちにおいとましたほうが良さそうです」

「お恥ずかしい限りです。腑抜けの若い衆にはキツく言っておきますのでご容赦を」


 凶状持ちとは、殺人などの凶悪事件を起こした者が手配書きをお役人に出されることを言う。津々浦々に名前と罪状が知られることとなる。当然、役人の目が絶えることはない。

 青次郎は若い衆の纏め役らしい。どこの所帯の一家でも、若い衆の無礼や勝手には困らせられるものだ。とは言え、逗留早々の噂話は身に応えた。青次郎が去ったあと。無言で俺はため息を付いたのだった。

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