第7話 想いを踏み躙る男

 ――幽理は動揺していた。


「何で、あの男に……」


 前世の記憶を取り戻してから、男性を異性として意識したことは一度もない。しかし、現在、幽理は初対面であるはずの彼に対して異性として意識していることに気付いたからだ。


「いくら何でもありえない」


 一目惚れという言葉は知っている。何の前提もなく、初対面で相手に恋慕の情を抱いてしまうことだ。今の幽理は、まさしく一目惚れの状態だった。


「一目惚れするだけなら分からなくもない。でも、その感情が膨れ上がっていくのは流石にありえない」


 ただ後部座席に座っているだけ。にもかかわらず、好意だけが膨れ上がっていく。まるで自分の心の中に、目の前の男に対する好意を注ぎ込まれているかのよう――。


「あれ? この道、違いませんか?」

「場所が変わったんだよ。もうすぐ着くから大人しくしていろ」


 違和感を振り払うように窓の外を見て、道が違うことに気付いた幽理は焦りながら訊ねる。しかし、男はぶっきらぼうに答えるだけ。不思議なことに、幽理は男らしいとかカッコいいといった形で、無意識のうちに好意的に受け止めてしまう。


「やっぱり、おかしく――」

「もう少しで着くって言ってるだろ。黙って大人しくしてろ」


 車は見慣れない道を走り、工場の立ち並ぶエリアへと入っていった。徐々に人気のないところへと向かっていく不安から、幽理が問い質そうとする。しかし、男は怒鳴り散らすばかりで、まともに答えようとしない。


「くそっ、何か仕掛けがあるのか……?」


 いくら男が怒鳴り散らしても、幽理の心の中には男に対する好意が湧き上がってしまう。違和感のあまり吐きそうになるが、何とか耐えて精神を落ち着かせようとする。


「……ッッ!」


 幽理が顔を上げるとルームミラーが視界に入る。そこには男の顔が映っていたのだが、その表情が愉悦に歪んでいることに気付いて、幽理は喉が詰まるような息苦しさを感じた。


「くそ、一体どうなっているんだ……」


 卑しい表情を見ても、好意を抱いてしまう。否、抱かされてしまうという方が適切だった。辛うじて耐えているが、男だった前世の記憶がなければ、流されていた可能性もある。


 幽理の様子をチラチラとうかがっていた男が、頃合いとばかりに人気のない廃倉庫の前で車を停める。


「さっさと降りて、中で準備しとけ!」


 幽理は男に命じられるまま廃倉庫の中へと入っていく。チラリと男の方へと視線を向けると、イヤらしく顔を歪ませていた。


 前に向き直り廃倉庫の中に入ってすぐに物陰に隠れ、背中のリュックから弁当箱と小石を取り出し、異能力によってC4爆弾と手榴弾に変化させる。


「さてさて、そろそろいいかな~?」


 気色の悪い笑顔をそのままに男が廃倉庫に入ってくる。仕掛けた爆弾の近くを通りかかった瞬間に、幽理はリモコンのボタンを押――。


「えっ、お、押せない?!」

「くっくっく、俺を殺そうとでもしたのかな? できるわけねえだろ!」

「くっ、ならば――」


 今度は慌てて手榴弾を投げつけようとするも、途中で腕の勢いが止まる。


「なっ?!」


 男に投げつけるはずが、半分も飛ばずに地面に落ちて、小さい爆発を起こした。


「危ねえ、まったく油断も隙も無いやつだな」

「な、何で……」

「当然だろう。愛する俺を傷つけようとできるわけねえんだから」


 その言葉と共に、目の前の男に対する愛おしさが幽理の中に文字通り流れ込んでくる。それに加えて、男を愛することで幸福であるという感情まで流れ込んできて。幽理は地面に膝をついてうずくまってしまう。


「そこらの女なら既に落ちていてもおかしくないはずなんだがな。だが、もう抵抗は出来ねえだろう」

「くっ、異能力者かよ……」

「それを知っているってことはお前も異能力者か。だが気づくのが遅え。もうお前は俺に対する愛情と、俺を愛することによる幸福しか感じないはずだからな」


 勝ち誇って幽理を見下ろす男を上目遣いで睨みつけるも、男の嗜虐心に火を点けただけだった。


「ほら、さっさと服を脱いで俺を誘惑してみろよ!」

「また違う感情が……」


 幽理の中に男に対する愛情が歪んだ形で送り込まれてくる。しかし、前世の意識がまだ色濃く残っているせいか、感情の中に僅かに冷静な部分が残っていた。


「こいつの、能力は――」


 冷静な部分を最大限に働かせて、男の異能力を分析を繰り返し、異能力を特定する。


「自分の感情を相手に送りつける能力、か……」

「ご名答。だが、もう手遅れなんだよ。ぎゃははは、さっさと服を脱げや!」


 幽理はしぶしぶと言った様子で、背中に背負ったリュックを下ろした。幽理の手が止まって、じっとリュックを見つめる。男は気づいていないが、幽理は異能力によって、リュックの中身を大量の爆弾へと変化させていた。


「何やってんだ! ちんたらしてんじゃねえよ!」

「そうね……」


 ふたたび幽理の手が動いて――リュックを背負って立ち上がった。


「なっ、何でだよ! 早く俺の言う通りにしろ!」


 予想外の動きをした幽理に驚いて、男は声を荒げる。しかし、男の威勢も幽理が右手に持っているリモコンを見て焦りに変わった。


「バカ野郎! な、何をする気だ!」

「少し重いけど、問題ないな……」


 ズシリと来るリュックの重さによって、幽理はゆっくりとした足取りではあるが男の方へと歩み寄っていく。彼自身が与えた愛情によるものか、彼女が想像した以上に歩くのが苦痛にならない。


「ふん、俺を殺すつもりかしらんが、お前にボタンが押せるはずがねえんだよ!」


 男は幽理の手からリモコンを奪い取ろうと飛び掛かってきた。彼の手が幽理に触れるかどうか、という瞬間、リモコンのボタンが押されてピッという音がやけに大きく倉庫の中に響き渡った。


「異能力で与えた好意が仇になったな。浮気者のお前を殺して私も死ぬわ!」


 幽理の言葉の真意を理解した男が、怒りに顔を歪ませて大声で叫んだ。


「くそぉぉぉぉ! ふざけ――」


 ──ドゴォォォォン!


 男の声など容易くかき消すほどの轟音と共に、炎熱と衝撃が倉庫の中に荒れ狂う。しかし、いずれも幽理には傷一つ付けることは無く、男と共に倉庫に残ったガラクタを吹き飛ばしただけだった。


「自業自得だな」


 爆発によって、男の体はバラバラになってあちこちに散らばっていた。彼の死と共に異能力は効果を失い、幽理の心の中から彼に対する一切の愛情が消えていく。


「同情はしない。私や過去の犠牲者の心を弄んだ当然の結果だ」


 幽理は爆発から免れた倉庫内の破片の中でも大きい物を片っ端から爆弾へと変えていく。100を超える爆弾を抱えた廃倉庫から脱出して、記憶を辿りながら工場エリアの入り口まで向かった。


「最後の仕上げだ……」


 リモコンのボタンを押すと、距離があるにも関わらず廃倉庫のあたりで凄まじい爆発と共に火が上がった。

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