第2話 私は母親を殺しました 2

「ん〜!美味しぃ〜!!」

頬いっぱいにほおばり、ほぅ、と幸せそうに余韻に浸る少女。

ぼーっとそれを見ながら、遅れてツッコミが入った。

(...私は、何を見せられてるのだろう...)

そもそも、一体どうしてこんな少女のお世話などしなければならないのか。

....きっと、あの組織のことだ。

無駄なことはしないはず。

ならば、この少女は...。

「...ねぇ」

「ん?」

もぐもぐと、飽きずに頬を動かしながら、首を傾げる少女。

ジクジクと、頭の芯が痛む気がする。

この少女は、どうやら桜花には合わないらしい。

話していると、疲れて仕方がない。

はぁ、とあからさまにため息をつきながら、続けた。

「...いい加減要件言いなさいよ」

「....要件....?」

「組織がわざわざ私にあんたの世話を任せたのには、そういう意図があるからでしょう」

「.....?私は、普通に、女の子と友達になりたかったから、頼んだのよ」

「はぁ?」

女の子と友達になりたかった?

そんなくだらないことで、桜花を使うはずがない、と思うが、どう見ても彼女が嘘をついているように見えない。

(....くそ、なんなんだ....)

小さく舌打ちをし、目の前の少女を睨む。

「?」

(....ダメだ、コイツ...)

桜花が最も苦手とする人間だ、この少女は。

どんなに冷たく突き放しても、気づかないでついてくる。

(....どんだけ馬鹿なの)

嘲笑うように小さな笑みを浮かべる。

しかし、この少女はどうやら、嘲笑さえ通じないらしい。

あっ!と突然声を上げると、馴れ馴れしくも手を握ってきた。

そして放った言葉が。

「私の名前、言ってなかったね!私、春夏!如月春夏!よろしくね!!」

「.....」



「....殺す....?」

「そうだ。お前には簡単なことだろ?」

ぽん、と肩に手を置かれ、耳元で囁かれる。

肩に置かれた手が、妙に重く感じた。

「....え、でも....お母さん....」

「この女は、君を必要としていない」

「!」

「君も、この女を必要としない。君は、一人でも生きていける」

「.....あ、え....」

ぎり、と肩を握る手に力がこもる。

ぴり、と痛みが走ったのは、恐らく、爪がくい込んだからだろう。

ずしん、

重たい蓋が、胸に被さった。

「....殺すなら殺せ!この悪魔!!」

「!!」

息が、詰まる。

刃物を持つ手が、震えた。

お母さん、と行き場のない声がか細く漏れる。

充血し、殺意のこもった瞳が、桜花を捉えた。

「あんたなんか、私の子供じゃないっ」

___『お母さん』



「ねぇ桜花のお母さんは、どんな人?」

「....なんでそんなこと言わなきゃいけないの」

追加のパフェを頼んだ春夏は、バニラの付いたスプーンを桜花に向け、質問した。

しかし桜花は、鬱陶しそうに軽く返す。

すると、えーっと不満げな声が春夏から上がった。

「いーじゃん!教えてよー」

「....」

内心イライラしながら、コーヒーを口に運ぶ。

苦い黒の液体が、熱く身体に流れ込んだ。

「...そんなに言うなら、あんたはどうなの」

「え?」

相手するのが面倒になり、質問し返す。

すると春夏は一瞬きょとん、としたあと、はははっと声をあげて笑った。

不愉快に感じ、隠すことなく思い切り睨んだ。

「...何」

「いや、ようやくまともに話してくれたなーって」

「....は、」

思いもよらない言葉に、思わず目を剥く。

会話なら、普通にしてただろ、と言おうとして...。

はた、と気づいた。

「....何、泣いてんの....」

「.....っ」

ぽろぽろと、情けないくらいに涙を零し、目を押さえる春夏。

その光景に、思わず絶句していると、ごめん、と春夏が涙を拭った。

「...私、自分のこと、聞かれたことなくて...。」

「....」

「私のこと、知ろうとしてくれて、ありがとう」

「!」

感謝される筋合いなど、ない。

(私はただ、面倒くさくて、返しただけなのに....)

少し、罪悪感が押し上げてきたのは、何故なのか。

気まずさを誤魔化すように、もう一度コーヒーのカップを持ち上げた。

その時だった。

がちゃん、

パフェの入ったグラスが、床に落ちた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る