第6話 山が死ぬ国
夜明け前の里道。
罠に掛かったイノシシが暴れていた。鋭い牙を打ち鳴らし、鉄のワイヤーに血をにじませる。
「また一頭か……」
マタギのミツは銃を構え、ため息をついた。
ここ数年、捕らえても捕らえても数が減らない。いや、むしろ増えているようにすら思える。
「シカも増えすぎだ。山の芽を食い尽くして、木の子どもが育たねぇ」
山師シゲルは崩れた斜面を振り返った。
そこには一本の若木もなく、噛み跡の残る根株だけが並んでいた。
「本来なら森を育てる命が、森を殺してる……」
獣は悪くない。ただ生きているだけだ。
だが人が山に背を向けた結果、数の調整は崩れ、バランスは壊れた。
駆除は追いつかず、畑も森も荒れ放題。
「山が痩せりゃ、獣も痩せる。獣が痩せりゃ、里を荒らす。……結局は人が撃つしかねぇ」
ミツの声は硬かった。引き金を絞るたび、胸の奥に沈む重さを知っている。
銃声が山に響いた。イノシシは一瞬ののち、泥に沈んだ。
その静けさの中で、シゲルが呟いた。
「このまま獣に山を食わせりゃ、森は再生できねぇ。……山が死ねば、国も死ぬ」
二人はしばらく立ち尽くした。
夜明けの光が差し、谷の向こうにかすかな若芽が揺れているのが見えた。
まだ細く、獣に食われればすぐに消えるほどの芽だ。
それでも、必死に根を張ろうとしている。
「人が見てやらなきゃ、この芽も守れねぇ」
「山を守るのは、獣を殺すことだけじゃない。……人がまた山に生きることだ」
朝日が昇る。山は静かに、その光を受け止めていた。
死にかけながらも、なお生きようとする声を、夫婦は確かに聞いていた。
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