第5話「え? 旦那おるけどな?(笑)」

「転んでもタダじゃ起きひんとはこのことやな!」

「最強や、あづさちゃん!」


現場の男たちの称賛と爆笑が、プレハブ小屋にこだましていた。会社の倒産という悲劇を、ここまで笑い飛ばせるあづさのタフさに、皆すっかり感服している。源さんが、腕組みをしながらしみじみと呟いた。


「しかし、こんだけ肝が据わってて、何でも自分でできてまうと…男いらんやろ、あづさちゃん」


その言葉に、別の男が「アホ言え!」と割って入る。


「逆や逆!こんないい嫁さんもろたら、旦那は幸せもんやで!なあ、あづさちゃん、ええ人おるんか?」


下世話な、しかし親しみのこもった質問に、皆の視線があづさに集まる。するとあづさは、ポテトチップスの袋でも開けるような気軽さで、こう言った。


「え? 旦那おるけどな?(笑)」


「「「…………えええええええええッ!?」」」


おっさん達の絶叫が、夏の空に吸い込まれていった。


「うそやろ!?」「結婚しとったんか!」「聞いてへんで!」「どんな男や!?あづさちゃんを嫁にするなんて、どこの大名や!」


パニック状態に陥るおっさん達を面白そうに眺めながら、あづさはポリポリと頬を掻いた。


「まあ、普通の人ですわ。ちょっと頭が良すぎるのが玉に瑕やけど」


「頭がええって、どんな仕事しとるんや!?」

源さんが身を乗り出して尋ねる。


「医者ですわ」


その一言で、プレハブ小屋の気温が五度下がった気がした。おっさん達は、今度こそ完全に固まっている。


医者。

その言葉の響きと、目の前で泥のついた作業着を着ているあづさの姿が、どうしても結びつかない。


「い、医者…?玉の輿やないか…」

「なんで医者の嫁はんが、炎天下でパワーショベル転がしとるんや…!?」

「金のため、て言うてたやん!金あるやん!」


混乱の極みに達したおっさん達に、あづさは、あの、いつもの諦めたような、おかしくてたまらないといった表情を浮かべた。


「ほいだらな(笑)」


その前フリに、おっさん達はゴクリと喉を鳴らす。また、ろくでもないオチが来る。全員が確信していた。


「うちが『会社潰れてしもてん』て話したらな、彼、えらい共感してくれて」


あづさは楽しそうに目を細める。


「『わかるよ、その気持ち。僕もね…』て、キラキラした目で言うねん」


そして、とどめの一言を放った。


「病院、潰してしもうたわ! 彼(笑)」


「「「………………」」」


一瞬の沈黙。

そして、誰かが引きつったように「ぶふっ!」と吹き出したのを皮切りに、プレ-ハブ小屋は、今日一番の大爆笑の渦に叩き込まれた。


「アッハッハッハ!アカン!もう無理や!」

「類は友を呼ぶって、レベルが違うやろ!」

「潰し屋夫婦か!」

「最強夫婦やないか!」


涙を流して机を叩く者、腹筋がよじれて床に転がる者。阿鼻叫喚の地獄絵図だ。


その大爆笑の真ん中で、あづさは満足そうに頷いた。


「だから言うたでしょ、皆さん」


彼女は、ニッと白い歯を見せて笑う。


「金や。金しかないんどすわ、うちら夫婦には」


その笑顔は、どんな重機よりもパワフルで、どんな困難も吹き飛ばしてしまいそうな、たくましさに満ち溢れていた。おっさん達は、笑いながら、このとんでもない夫婦に幸あれ、と心から願うのだった。

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