第9話 告白される日

夏休みも後半に差し掛かった。文芸部では、秋の文化祭に向けての執筆作業や打ち合わせが本格始動していた。

毎年、部誌の発行と、作品を冊子形式にした展示を行うので、その準備を今からやっているというわけだ。


今朝も部活に行こうとした時、スマホの通知画面が光る。文芸部のグループチャットに、歩実からのメッセージが届いていた。


「親戚のお見舞いに行かないと行けなくなっちゃったから、今日は休むね〜」


部室に着くと、既に部長と多喜さんがいた。


「おはようございます!甘城君!」


「おはよう。今日は高城は休みだってな。」


今日は、文化祭の計画準備、編集作業の分担を行う。

また、夏休み中に各々が書いた原稿を持ち寄って進捗の確認をしたり、皆で読み回しをして感想の言いをする予定だ。


「まず先に部誌の編集の作業分担から決めよう」


部長が指揮を執る。


「既にグループチャットで、高城から希望は聞いている。私と高城で、編集・校正を担当することになった。」


「大丈夫です」


「私も、大丈夫です」


そして多喜さんが手を挙げる


「あの……私、部誌の挿絵を担当して良いでしょうか」


「多喜、お前絵が描けるのか」


「はい、実は……あの、表紙のデザインとかも任せてください!」


絵が描ける人がいると、それだけで作品に華やかさが増すからとても頼もしい。ということで多喜さんは挿絵と表紙のデザインを担当することになった。


「あの、俺は何すれば?」


「甘城は皆のサポートをしてくれ」


ざっくりだな。まぁその方が柔軟に動けてやりやすいけど。


「表紙や挿絵の案は、また次回決めることにしよう。今日は進捗の確認や作業に当てることにする。」


役割が決まったところで、それぞれの進捗確認、中間チェックを行った。

部誌は、毎年テーマが決められている訳ではなく、各々が書いた短編小説やエッセイを一冊にまとめたものである。


「多喜さんは、やっぱりラブコメ系なんだね」


「はい、好きなので……!」


「部長は、BLですか」


「うむ。イメージ通りだろ」


「はい」


俺もラブコメ系にしようかと思ったけど、歩実が読んでた異世界転生系に少し興味出たから、いっそこの機に書いてみることにした。

タイトルは、『義妹と共に異世界転生』だ。


「では、皆で感想を言い合いたいと思う。」


まず、多喜さんの下書きの感想を部長と俺で言い合うことになった。


「ヒロインの設定だが、実に面白い。終始一途と思わせといて、実は違う男とくっつくというミスリードを誘っているな」


「あ、ありがとうございます!」


「しかし、少々山場に欠けるな。ここでもう少し伏線を膨らませておくのはどうだ」


「なるほど……参考にします!」


なんだか真面目な部長の姿を見るのは珍しい気がした。いつもボケ倒してるイメージだからな。


「俺は、ギャグのセンスが良いなと思った。人を笑わせることが出来るって素敵なことだと思うよ」


「あ、甘城君……」


褒めが直敵すぎたのか、多喜さんは顔を赤くして照れてしまった。


「次は、甘城のだ」


「はい、お願いします」


「義妹と異世界転生するという設定は斬新だが……お前が書きたいだけだろう」


「別にいいですよね!?部誌なんですから!ていうか感想それ!?」


「わ、私は、義妹の子の兄を頼る姿を健気に描写しているところに萌えを感じました……!」


「おぉ、魅力が伝わって嬉しいよ!」


最後に、部長のBL本についての感想を言う。


「……めっちゃ良い!」


BLについての知見は全くなくて申し訳ないが、、文章として完成度が高すぎた。下書きの段階で普通に読み入ってしまった。


それをストレートに伝えると、部長は顔色を一切変えずに「いや、BLとしての出来はどうかね」と聞かれた。すみません、よく分からないんですほんと。


「私も、BLは詳しくないジャンルなんですけど……この、リバーシブル?っていう展開とか、未知の世界を覗いた気分で新鮮でした……!」


多喜さん、多分無理して感想捻り出したな。


各々、第三者の視点でフィードバックをもらい、執筆作業に当たった。

部長が途中でコンビニにアイスを買いに行き、それを食べながらワイワイとやっていた。


歩実がいないから静かになるかなと思ったけど、なんだかんだ賑やかだった。その分、少し寂しいかなとも思った。


「では、お疲れ様」


解散の時間になり、そそくさと部長は帰っていった。

俺達はもう少し残って作業をすることにした。


「文芸部入ってから、なんだかタイピング早くなった気がします!」


隣で笑みを浮かべながらノートパソコンをカタカタと叩く多喜さん。


「あぁ、こういう活動しているからこその特権だよな」


つられて俺も笑顔で答えた。


「そういえば、足、もう痒くない?」


チラッと多喜さんの下半身に目を向ける。制服のスカートと閉じた生足が、机の下から見えた。

無意識に見たが、急に気まずくなってしまった。


「も、もう、甘城君ったら……」


「ご、ごめん!」


多喜さんはまた微笑んでいた。そういうことに寛容というか、あまり抵抗が無くなったのだろうか。


それから二人でしばらく部室に籠っていた。途中でコンビニにお昼を買いに行って食べたり、仮眠をとったりしていて、気付けば時刻は十八時を回ろうとしていた。


「そろそろ帰ろうか」


席を立ち、荷物をまとめていると、多喜さんが口を開いた。今日初めて見せる表情をしながら。


「あの……甘城君、」


彼女は鞄の持ち手をぎゅっと握りしめて、机の方を見たままだ。


「どうした?」


ゆっくりこちらを振り向くが、顔は俯いたまま。握りしめた手が震えているのを、俺は気付いた。


そして、勇気を振り絞るように口を開いた。


「私……ずっと、甘城君のことが好きでした……」


その一言を言い切ると同時に、彼女は顔を上げるでもなく、鞄を胸の前に抱えてしまう。


沈黙。窓の外からは蝉の声が響いている。


彼女の背後の窓からは、オレンジ色の光が溢れる。窓枠の影が、長机の上に伸びていた。


「甘城君と出会ってから、少しづつ、勇気や自信が身に付くようになったんです……」


「甘城君になら……私、あ、甘えてもいいのかなって思うようにもなって……もっとそばに居たいなって!」


胸の奥が熱くなり、言葉にならない思いが込み上げた。


「勇気を出して伝えてくれて、嬉しいよ」


「は、はい……」


多喜さんの顔を見ると、今にも泣き出しそうなほど顔を赤くしていた。


「う、うぅ……」


堪えきれず、彼女の目から涙がこぼれた。


彼女がどんな人か、俺はよく知っている。今まで過ごした仲や、打ち明けてくれた弱みに対して、支えてやりたいという気持ちは変わっていない。


だからこそ、彼女の真っ直ぐな思いに、純粋に応えてやりたいという気持ちが強かった。


「――付き合うか!」


そうして俺と多喜さんは恋人同士になった。

正直、俺も彼女のことは少し気になっていた。幼馴染みと比較して見てしまうことが多く、一人の女の子としてその健気さにいつしか惹かれていた。


帰り道、いつもの所でお互い手を振って別れる。

彼女の顔は、今までで一番明るい笑顔をしていた。















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