11話 雪白桐 蓮子

「……となると、恐らくあのマントの子……陽葵ちゃんは腐徒で間違いないわね」


 私が駅の構内から搔き集めて来たレトルト食品や乾パン、乾麺、缶詰といった保存食を三人でつつきながら話す。着替えもアパレルショップ跡から適当にかっぱらって来たし、流石にお風呂はなかったけど、お湯でタオルを濡らして体を洗うことも出来た。勿論その間は、風来坊には外で待っていてもらったわ。なんだか搦が色々とからかっていたみたいだけど、仲良くなったのね。


「……だが、腐徒にしちゃあまりにも人らしかったっつーか……」


 風来坊が、私が見繕った黒い半そでのパーカーとカーキのカーゴパンツといった服装で胡坐をかきつつ首をひねったわ。落ち着いてきたところで、丁度風来坊のこれまでの経歴を聞いていたところなの。記憶喪失とは驚いたわ。でも言われてみればらしい言動もあった気がする。


「多分それはバ・スカルティエの仕業ね。あいつの境界器は腐徒を操る力を持っているらしいの。私は戦ったことはないんだけど、お兄ちゃんやお姉ちゃん達がそう言っていたわ」

「腐徒を操る……?」

「確か、腐るはずの身体が美しく保たれていて、喋るし、動くし、まるで死者が蘇ったみたい、でしたっけ」


アウトドア用品店から拝借したキャンプ用の調理ランプで乾麺を茹でつつ、三人分のインスタントコーヒーを淹れてくれた搦が言ったわ。当時は搦も一緒に居たから話を聞いているの。


「おい、待てよ。境界器ってのは人間……つーか、神染者しか使えねェんじゃねェのか? そのバ・スカルティエって奴はナニモンなんだ?」

「それはまた複雑な話ね。奴自身は冥界の王で悪魔ってわけじゃないの。悪魔は魔界の生物だし。ただ……お父さんの遺体に乗り移ったことから、あいつが死者の身体を乗っ取れることは確かよ。そして、どうして神染者にしか使えない境界器を使えているのかも予想は付くわ」


 搦が淹れてくれたコーヒーを啜りつつ、缶詰からそのままコンビーフをつまむ。


「そもそも神染者ってどんな存在だったか、覚えてる?」

「確か……長時間神秘に晒されたり、自分の性質に馴染む神秘に触れたりして、神秘が肉体に馴染んだ人間、だったか?」

「正解。じゃあ今度は、腐徒はどんな存在かわかる?」

「そらァ……死んだ人間が、化け物になって蘇った奴、か?」

「ざっくりとはその認識であってるけど、その蘇りの原理は神秘に依るものよ。冥界の王であるバ・スカルティエが、死んで冥界に送られる人間の魂と引き換えに、冥界で狂い果てた魂を通鬼孔を通して呼び寄せ、空っぽになった人の身体に入れているの」


 そこまで言うと、搦が涼し気なベージュのタンクトップ姿で乾パンを齧りつつ言ったわ。


「なるほど、つまり〝下界の人間の身体に神秘が馴染んでいる状態〟という意味では、腐徒も神染者も同じというわけですか」

「そうね、だから陽葵ちゃんも腐徒だったけどあの手鏡の境界器を使えていた。そして大元である通鬼孔を塞げば腐徒災害が収まるのも、冥界からの神秘の流入を停められるのと同時に、そういった魂の逆流も防げるから。ただ、その為にはどうしたってバ・スカルティエを倒さなきゃだろうけど。あいつがいると通鬼孔を潰しても、また作られるだろうし……」

「つうか、バ・スカルティエってのぶっ倒して、通鬼孔も潰した場合、今いる腐徒はどうなんだ?」

「それは……正直なところわからないわ。狂った魂が冥界に戻って動かなくなるかもしれないし、最悪殺すまではこの下界に残り続けるかもしれない。新しい腐徒が生まれることは無くなるでしょうけど」

「……そうか」


 きっと風来坊が考えているのは陽葵ちゃんのことね。腐徒とはいえ、記憶を失って孤独だった風来坊にとっての唯一の家族。記憶を取り戻す為の大きな手掛かりになるかもしれないし、そもそも純粋にもう別れたくないと思っても不思議じゃないわ。

 私だって、また家族と会えたら。

 でも、風来坊はふっと息を吐いて言ったわ。


「まあなんにせよ、とりあえずはそのイかれたスカル野郎をぶっ飛ばさねェとな」

「……いいの?」

「たりめェだろ。むしろそうしねェと腹の虫がおさまらねェ」


 風来坊は豪快に鯖缶を開けて、がつがつと口に運ぶ。言葉の通り腹で怒りを燃え上がらせる虫に餌をやって、その活力を太らせようとしているみたい。金色の目の奥には、ぎらぎらとした野性味溢れる感情が躍っている。

 風来坊は、静かに、されどはっきりと言った。


「オレは、腐徒殺しだ……あいつはもう、死んだんだ」


 その時、胸の内が疼いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る